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不穏な手紙・2


 それから、レイモンドと両親の間で手紙のやり取りがなされた。こちらは隣町なので、一日で郵便は行き来できる。

 二週間程度のやり取りの後、レイモンドの両親が、介護の必要な両親ごと戻ってくることになった。

 その間も、ロザリーはザックからの連絡を待ち続けていたが、一通も手紙は来ない。

 これまでが筆まめだったことを考えれば、なにかがあったと勘繰ってしまうのは仕方ないだろう。ロザリーの胸は不安に押しつぶされそうだ。


「ランディ、追加のレシピはこれだ。今から一週間でたたき込むからな」


 これまでは料理の補佐しかしていなかったランディにも、本格的に厨房の仕事を仕込んでいた。

 今まではレイモンドの頭の中にしか入っていなかった料理のレシピをみんな紙に書き起こし、一品ずつ作らせている。

 大柄なわりに繊細なランディは記憶力がいい。

 レシピと模範実演さえあれば、それをなぞるようにきっちり似た味のものが作れるのだ。もちろん、レイモンドが作るよりも格段に時間はかかるが。


 レイモンドの義父とランディ、ふたりがいれば、厨房に関してはこれまでとそんなに変わらない料理を提供できるだろうとレイモンドは考えている。


「あと一週間もあれば行けるな」


 レイモンドのつぶやきに、ロザリーは不安に駆られたまま思わず手を上げた。


「あのっ」


「なんだ、ロザリー」


「私も連れて行ってもらえませんか? 王都へ」


「え?」


 一瞬、厨房の動きが止まる。レイモンドは目が点になって絶句しているし、ランディも慌てたようにロザリーのもとへ来て諭すように言う。


「ロザリー。レイモンドはオードリーを迎えに行くんだから……」


 女性を迎えに行くのに女性連れで行けるはずがない。

 オードリーの義父母に知れたら、何しに来たのだと言われてしまう。


 それはロザリーもわかってはいるが、ザックからのあまりの連絡のなさに、不安でじっとしてもいられなかった。


「お願いです。ザック様から連絡がこないんです。私、心配で……」


 声に出したことでピンと張っていた気持ちの糸が緩んだ。途端に瞳に涙がにじみ、ロザリーは必死にこらえながらも自分の気持ちを伝える。


「ごめんなさい。困ったことを頼んでいるのはわかってます。……でもお願いします。ザック様に会いたいんです」


「ロザリー、泣かないのよ」


 すぐにチェルシーが駆け寄ってきて、ロザリーを抱きしめる。


 レイモンドは迷った。自分ひとりならば強行軍で途中野宿でも行けるが、ロザリー連れではそうもいかない。

 だが、レイモンドはロザリーのこの子犬のような目に弱い。今だ半信半疑だが、彼女の前世が犬のリルだと知ってからは、特にそうだ。ましてそれを知っているのが自分だけということもあって、彼女には保護者的な感覚を持ってしまっている。


 結局、レイモンドは迷いに迷って決断した。


「……自分の宿代は自分で出せるか? そこまで面倒は見れないぞ」


「いいんですか?」


「連絡が取れなくて不安な気持ちはわかる。もしオードリーに誤解されたときは、フォローしてくれると約束してくれるなら、一緒に行こう。乗合馬車を乗り継いでいくことになるが、いいな?」


「もちろんです!」


 ロザリーは色めき立ったが、そこで悲鳴のような声を上げたのはチェルシーだ。


「ちょっと待って。レイモンドの料理とロザリーの失せもの探し、両方無くなったらこの宿はどうなるのよ!」


 チェルシーにしてみれば、切り株亭は十六のときから働いている宿屋だ。ここが無くなるのは嫌だ。まして、レイモンドがいないうちにそんなことになったら、耐えられない。


「チェルシー、大丈夫だよ。親父やおふくろも戻ってくるし、ランディは筋がいい。今日の賄いのスープだってうまかったろ」


「そうだけど」


「それに、宿に関してはチェルシーがいるから安心してる」


 信頼のこもったまなざしを向けられれば、チェルシーがそれ以上反論できるわけがない。

 顔を真っ赤に染めたチェルシーは「……ずるいわよ、レイモンド」と誰にも聞こえないような声でつぶやいた。


 *


 それから三日後、大きな馬車が切り株亭の入り口に横づけされた。

 勢いよく中に入ってきた人物を見て、ロザリーは懐かしさで興奮して鳥肌が立った。


「ご、ご主人様!」


 彼女の前世である犬・リルのご主人様である。

 もちろん、当時よりは老け込んでいるが、優しそうな目尻は変わっていない。

 ご主人様ことアランは、朗らかにレイモンドに笑いかけ、その後ぴょんぴょん飛び跳ねてしまいそうなロザリーに目をやる。


「悪かったな、レイモンド。突然任せきりにして。そしてこの子だな? 新しく雇ったロザリーちゃんというのは」


 かつてのご主人様の笑顔に、ロザリーのテンションはマックスだ。うれしすぎてお尻がムズムズしてしまう。じっとしてられなくて体を上下に小刻みに揺らした。


(知ってます知ってます。この笑顔。リルの記憶よりだいぶ老けちゃってますけど、間違いなくご主人です)


「お久しぶり……じゃなくてはじめまして!」


「ああ。……なんか、妙に懐かしい感じの子だね?」


(それはそうですよ! リルですよ、リル。ご主人様に会えてうれしいです!)


 アランはあまりにニコニコしているロザリーを不思議そうに眺めた。ロザリーとしては体を押し付けてスリスリしたいくらいだが、人間の姿でそれをやっては多方面に誤解を招く。

 せっかくの感動の再会だが、ロザリーがひとり心の中で盛り上がって終了だ。


「改めて紹介しよう。俺の義理の父親であるアランと、母親のティナだ」


 ティナも、ロザリーには記憶がある。レイモンドとよく似た面差しの、優しい女性だ。掃除や洗濯など、今チェルシーがメインでやっている仕事をやっていた。


「チェルシー、ランディ、迷惑かけてごめんなさいね。それにあなたが手紙に書いてあった……」


「はじめまして、ロザリーです!」


 元気に挨拶すると、ティナは孫娘でも見るように顔を緩ませ頭を撫でた。


「かわいいわねぇ。よく働いてくれているそうね。ありがとう」


 子供のような扱いではあるが、ロザリーは頭を撫でられるのは好きだ。うれしくてお尻がムズムズしてしまう。


「それと、こっちが祖父母だ。ふたりには二階の個室を使ってもらうことにする」


 足が不自由だというレイモンドの祖父は、タンカで運ばれてきた。大分具合がよくなったと見える祖母が、労わるように付き添ってくる。


「あら、可愛らしいお嬢さんたちだこと」


 祖母は、ロザリーとチェルシーを見てなぜか目をきらりと輝かせ、指を小刻みに動かした。


「ああ、ばーさんは針子なんだ。こっちでも仕事を請け負うから、仕立て屋が出入りすることもあるが頼むな」


「お針子さん……。そうなんですね! こちらこそ、よろしくお願いします」


 ロザリーとチェルシーが揃って挨拶する。祖父のほうはちらりとこちらを向き、仏頂面をして見せようとしたが、孫よりも若いふたりの娘にいかめしい顔にもなり切らず、ゴホンと咳ばらいをした。


 微笑ましくそれを眺めていたレイモンドは安堵のため息をついた。


「これで、人手は足りるはずだ。じいさんとばあさんがいる生活に慣れたら、俺は王都へ向かう」


「わ、私も行きます!」


「そういうわけなんだ。親父。切り株亭のことは頼む」


 数か月前に手紙で託された切り株亭を、仕返しのように託し返す。

 アランは困ったように笑いながら、「お前の料理がないんじゃちと厳しいがな」と笑った。




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