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事の真相・3


 夜もずいぶん深まったころだ。物音に、ロザリーは目を開けた。どうやらうとうととしていたらしい。

 ライザとザックはずっと起きていたようだ。起きるなり、ライザから「しっ」と人差し指を立てられる。


 ロザリーは両手で口を押さえ、【しゃべりません!】とアピールしてから窓の外をのぞき込む。

 以前も見たように、内庭を整えるナサニエル陛下とウィンズがいる。


 チラリとザックを横目で見ると、彼は信じられないとでもいうように険しいまなざしを向けていた。だがすぐに、ロザリーの視線に気づき、表情を緩める。


「……行ってみましょう?」


「ロザリー」


「ザック様と陛下は、もっとわかり合うことが必要だと思うんです。目的は同じなんですもん。ふたりとも、カイラ様を守りたいだけじゃないですか」


 彼女の安全を守るために、敢えて寵を失ったように見せかけ、自ら離れた夫と、彼女への攻撃材料を減らすために、全てを自分で出来るようになった息子。


 思えば、ふたりはやっていることがよく似ている。


「でもカイラ様を守るのに最も効果的なのは巻き込むことだと思いませんか? 一緒に戦えばいいんです。カイラ様はそこまで弱い人ではありません」


 ロザリーも、そうだ。

 危険だからと突き放されていた間、不安でしかなかった。一緒に戦っている今の方が、大変かもしれないが心は安らいでいる。


 パチパチパチ、と手を叩く音が響く。驚いて振り返ると、ライザが涙ぐみながら手を叩いていた。


「ライザさん?」


「さすがお嬢様。私はずっとそう思っていましたとも」


 感慨深げに頷くライザに、ロザリーは慌てて「物音立てたら、みんなに気づかれますよう!」という。しかし、もともとロザリーの声は甲高い。

 静まり返った深夜の屋敷にそれが響かないわけはなく、当然のように内庭の陛下たちには気づかれてしまった。


 またロザリーが見ていたのかと、あきれた様子で待ち構えていたナサニエルは、そこに息子の姿を認めて驚きに目をしばたたかせた。


「アイザック……!」


「父上」


 国王が一瞬、後ずさる。視界の端でウィンズが頭を抱えている。


「ウィンズ、お前か?」


「違いますよ! 濡れ衣です」


「私です、陛下。申し訳ありません。処罰はいかようにも」


 ロザリーが前に出て頭を下げると、ナサニエルは降参だとでも言うように天を仰いだ。


「……カイラのお気に入りである君を、私が罰せるはずないと分かっての行動か?」


 叱責が飛んでくるかと思っていたのに、国王の声は、諦めたように力が無かった。


「えっ? そんなことは考えてませんでした。っていうか、陛下ならだれでも罰せられるじゃないですか」


「立場上はな。だができん。君はカイラを救ってくれた恩人だ。あれがまた笑うようになったと聞いて、私がどれほど君に感謝しているのか、知らなかったのか?」


 国王とロザリーのやり取りを聞いて、ザックはこれまでのロザリーの言葉が、途端に腑に落ちてきた。

 同時に、お腹の底から笑いが込み上げてくる。あんなに憎んだのは何だったのだろう。


「……は、ははっ」


「何を笑っているんだ、アイザック」


 息子には威厳を保ちたいのか、国王はザックを睨み、努めて低い声をだす。けれどそれも、やっていることがバレてしまってからではあまり効果がない。


「だって。おかしいでしょう。俺はずっと、あなたを情のない冷たい人だと思っていたのに」


 本人にさえ気づかれないような愛情表現に満足して、閉じ込めたふりをして守り続ける。

 酷い自己満足だ。けれど、愛はある。それはあまりに分かりづらく、ザックがひとりでは見つけられなかったものだが。


「父上は、母上を愛しておられないわけではなかったんですね」


「あたり前だ。……お前のことだって……」


 そこまで言って、国王は喉を詰まらせる。立場が、彼から愛情表現を奪い取っていった。そして一度手放したものを、今更上手に表現できるほど、彼は器用ではなかったのだ。


「……頼みがあるんです」


 ザックとて、ずっと愛されていないと思った父親に急に抱き着けるほど器用ではない。


「なんだ?」


「俺はアンスバッハ侯爵の勢力を削ぎたいんです。今回、ウィストン伯爵が犯人だとされた一連の事件が、彼の単独犯とは思えない。絶対に裏に誰かがいる。俺はそれが、侯爵だと思っています。今のままではこの国は事実上侯爵に乗っ取られているようなものです。彼が不正に加担した証拠を探し、弾劾したい。そのために、父上にも協力してほしいのです」


 ナサニエルは、まっすぐ語るザックを瞬きをして見つめなおした。

 自分の息子が、別人のように見えたのだ。反発心が先に立っているだけで、才能はあれど覇気はない。そう思っていた息子の変化に驚きを隠せない。


「不正を正して、どうする? 今やアンスバッハ侯爵がいなければ、この国は回らないとまで言われている。国のことを想えば、彼に一任するのも手ではないかと私は考えているんだ」


「彼が、国民のことを想ってそうしているのならば、俺もこんなことは言いません。だが、実際ここ数年、民の不満は増えている。増して他国からの信用を失うようなことは、国のことを想っている人間がやってはいけない行為です。アンスバッハ侯爵の求めているものは、権力と財。そう感じるから、俺は彼を止めたいと思う」


 ザックの中に、彼に唯一足りないと思われていた愛国心が生まれている。それに国王は驚いた。そしておそらくその変化は、ここにいる小さな少女がもたらしたのだ。


「……分かった。協力しよう」


 ナサニエルが頷いた瞬間、屋敷の中に明かりがともった。二階の窓だ。


「カイラ様のお部屋ですね」


 ロザリーの声に、みんながなんとなく顔を見合わせる。


「物音で起きたか? それとも夢遊病の方か。ライザ、行ってやってくれ」


 ライザは恭しく頭を下げ、向かおうと踵を返す。が、それを止めに入ったのはロザリーだ。


「待ってください。国王様も一緒に行きましょう? お願いです」


 ロザリーの懇願に、ナサニエルは眉を顰める。


「駄目だ。途中で起きたらどうするんだ。今更……」


「カイラ様が、夢の中でしていることを知れば陛下も考えが変わります」


「……していること?」


 それには、ザックも驚いて目を見張る。夢遊病とは、ただふらふらと意識のない状態で歩き回っていることだと思っていたからだ。


「ロザリー、母上は何かしているのか?」


 ロザリーは真剣な顔で頷き、ザックの腕を掴んだ。


「カイラ様は陛下のお仕度をするのが楽しかったって言ってました。それを聞いてから、私気付いたんです。カイラ様はずっと夢の中で、陛下のお仕度をしているんだって」


 髪を梳き、服を整え、マントを着せる。普通ならば無言で行われるそれは、恋愛感情を抱える者同士にとっては、密やかな恋を育てる時間だったのかもしれない。


「陛下がカイラ様を想っておられるなら、どうかお願いします。カイラ様の心の穴を埋められるのは、私じゃなくて陛下なんです」


「……部屋の鍵を貸せ」


 ナサニエルは侍女にそう言い、鍵をもらうとそのまま駆け出した。


 ロザリーとザックも顔を見合わせて、少し遅れて後をついていく。


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