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事の真相・2


 それからロザリーは侍女のライザに頼んで、カイラの体調が思わしくないという報告をするようにと頼んだ。

 ライザは怪訝な顔をしつつも、ロザリーの真剣な様子に一芝居請け負ってくれた。


 陛下への連絡は、侍女とウィンズの間で行われているらしい。


「カイラ様へのご寵愛は内緒にされるべきだと陛下は考えておられます。ですから、一見イートン伯爵だけが後見人として屋敷の管理を担っていると思わせているのです」


 ライザがため息とともに言う。

 イートン伯爵は陛下の信頼に応えているのだろう。ザックにもケネスにもここが陛下の指示によって守られているなんてことは知られていない。


 そして今日、ライザからこっそりと今日の夜中に陛下が来ると聞いたロザリーは、昼間のうちにザックを呼び出す手紙を書いたのだ。

 その際、イートン伯爵には知られないようにカモフラージュしてきてほしいとお願いもしてある。

 ザックはケネスに頼んで、急遽一泊の予定で東のアゼリア湖畔に向かうことになったと報告を流してもらった。ケネスとザックが乳兄弟の間柄なのは皆が知っているので、彼らが親密に行動を共にすること自体に疑問を抱く人間はいない。

 カモフラージュ的にケネスだけが湖畔に向かっていて、それを聞いたロザリーは少しばかり申し訳ない気になった。


「だが、母上にまで内緒にしてよかったんだろうか」


「念のためです。普段と様子が変わると困るので」


 カイラにも内緒にするため、ふたりには出発前にちょっと寄ったという体で離宮に来てもらった。

 そこから、ザックだけがカイラにも護衛にも気付かれずに残るためには、結構な苦労と侍女の協力があったのだが、なんとか成功した。


 そんなわけで、ザックは夕方からずっとロザリーの部屋に隠れているのである。


「ザック様、お食事持ってまいりましたよ」


「……ロザリー」


 ランプの光が、彼を優しく照らす。とはいえ、人影が窓に映らないように、なるべく彼には家具の陰にいてもらっているし、明かり自体をいつもより少なくしているので、どうしても彼の周りは薄暗いのだが。


「すみません。ご不便かけて」


「いや、いいんだが。……ロザリー、俺はいいんだが、本当にいいのか? 結婚前の女性とこうしてふたりきりになるのは、結構問題になる気がするんだが。いや、俺は責任は取る気でいるが……」


 妙にもじもじとされて、ロザリーはハタと思い当たる。

 単純に夜に来る陛下をふたりで待とうという意味で呼んだのだが、陛下のことはギリギリまで内緒にしようと、濁したいい方しかしていない。


(もしかして、勘違いされてる……?)


 途端に、ロザリーは今の状況に恥ずかしくなってきた。


 意中の男性を呼びつけて、夜まで隠れていてください、なんて言って部屋に押し込んでいるのだ。どう考えても襲ってくださいと言っているようなものだ。


「ち、違うんです。その、あのっ」


 一気に真っ赤になり、首を横に振りまくるロザリーに、ザックは思わず噴き出した。


「いや、落ち着け。分かってる。俺だってまさかロザリーがそんなことを考えるとは……ちょっとは期待したが思ってない」


「よ、よかった……」


「なにか理由があるんだろうと思ってはいるが、母上にまで内緒となると、揉めるもとではないかと思ってな。今の離宮の主は母上なわけだし」


「それはそうなんですが……。カイラ様にお伝えするのが正しいのかまでは私も判断できないんです」


「そろそろ話してくれてもいいだろう? ロザリーは俺に一体何を見せようとしているんだ?」


 薄暗がりの中、ザックの真剣な瞳がまっすぐにロザリーに向けられている。ときめいている場合ではないが、急にふたりきりなことを意識してしまう。


「国王様のことです」


「父上のことか?」


「国王様は、カイラ様のことを今も愛していらっしゃいます。夢遊病の症状が出れば、様子を見にいらっしゃるのですから」


 ザックは瞬きをした。そして真っ先に『誰のことを言っているんだ?』と思う。それは、城で見る父親の姿とは全く違うものだからだ。

 カイラのことなど、ほとんど会話に出てこない。最近ザックが離宮に通うようになって、一度そのことを問いかけられたりはしたが、カイラの様子を心配するような言葉はなかった。


「まさか。父上は俺にも母上にももう関心がない」


「そう周りに思わせないと、カイラ様が危険だと思っているからです。ザック様はお気づきにならなかったですか? この屋敷が、外から見るのと中から見るので、ずいぶん印象が違うことを」


 ザックはハッとした。そしてふと、兄との会話を思い出す。父が母を愛しながらも、第一妃を切り捨てられなかった理由を。


「内庭を、整えにいらっしゃっているのです。カイラ様が花が好きだと、知っておられるから。それも、人に知られないような真夜中に。私は今日、それをザック様にお見せしようと思って、呼び出したんです」


 信じられないようにザックが窓の方を見やる。


「ザック様がいることを知ったら陛下が隠れてしまうかもしれないので、ザック様が食事を終えたら明かりを消します。カイラ様の侍女にはすべて話してご協力いただいていますから、ご安心なさってください」


「安心していられるか。父上ががお忍びで離宮を訪れているなど、全然知らなかったぞ。王城の警備兵をどうやって誤魔化してるんだ」


「そこは私にも分かりません。協力者は何人かいらっしゃるんだと思います。私も詳しくは知りませんが、細心の注意は払われてるということなんでしょう」


 たったひとりの女のためにそれをしているのだと知れば、人はなんというだろう。


“異国の血の混じった侍女におぼれた愚かな王”

“王子を生んだ高貴なる第一王妃を軽んじる行為”


 それは、ザックが子供のときから聞かされてきた父親への批判の声だ。


 ザックが三才で王城に呼び戻されてから、しばらく父王は母親のもとに通い続けていた。子どもの目にも、ふたりは仲良く見えたし、それまで母親とともにイートン伯爵家に追いやられていたザックとしては、急に母親が奪われた気がして面白くなかった。

 それゆえに、父親には反発し続けていたように思う。


 どうせ王位を継ぐのは第一王子で、ザックはただの保険だ。

 やがて、第一妃の嫌がらせが酷くなると、いくら父親が庇おうとしても、侍女たちはカイラに冷たく当たった。

 心を壊していく母を間近で見ながら、ザックは第一妃や父親を恨む以外に道がなかったのである。


「知られれば……批判を受けるのは父上だけじゃない、母上もか」


 そして、自分のせいだと思ったからこそ、距離を置いたというのならば。


「はっ……父上は馬鹿な人なんだな、案外。……大馬鹿だ」


「ザック様、それ他の人の前で言ったら不敬と言われてしまいますよ」


 ロザリーは思わず笑ってしまう。ザックもつられて笑って、ふたりの間には和やかな空気が流れた。やがて食事を終え、ロザリーがこっそりと食器を返してきてくれる。


 戻って来たときには、なぜかロザリーはカイラの侍女であるライザを連れてきていた。


「どうしたライザ」


「カイラ様に内緒でザック様を呼び込んだうえ、お嬢様とふたりきりで過ごさせたと知れたら、のちに私が怒られますもの。陛下が来られるまで、私もご一緒いたします」


「……って言われたもので」


 ロザリーも少しばかり困った様子だ。


「ではアイザック様は窓の陰に映らないようこちらの椅子におかけくださいませ。ロザリーお嬢様、こちらで私と一緒に陛下の到着を確認しましょう」


 こうして、ザックの淡い期待はライザに一蹴されたのである。




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