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事の真相・1


 夜会から、三日が経ったある日。離宮の応接室で、ロザリーとザック、ケネス、カイラが顔を突き合わせていた。

 最高級の茶葉を使ったかぐわしい紅茶と、ザックが土産にと持ってきた王城の料理人による菓子が並べられた優雅な空間には、それに似合わない重苦しい空気が流れていた。


「それにしても、やられたな。さすがはアンスバッハ侯爵だ」


 重いため息とともに、ケネスがつぶやく。


「一体、どういうことだったんですか?」


 あの日、ロザリーは、身元引受人がイートン伯爵と第二王妃カイラだったこともあり、割と早い段階で聞き取りが行われ、早々に離宮へと返された。

 その後、詳細が教えられることはなく、ケネスとザックが説明しに来てくれるのをずっと待っていたのだ。


 ザックは長い脚を組んで、背もたれに体を預けた。


「すべての調査の結果、記念硬貨の金属配合の偽造、金の着服、輝安鉱の採掘に、密輸。全て実行犯はウィストン伯爵ということになった。首謀者がいるはずだと主張してみたが、調査の全権は王国警備隊に持っていかれてしまったので、真相はおそらく闇の中だ。……警備隊は裏にアンスバッハ侯爵の派閥のものが多いんだよ」


不愉快そうに髪をくしゃくしゃとするザックを横目に、ケネスも冴えない表情で口もとだけを緩める。


「分かりやすく言えば、アンスバッハ侯爵はすべての罪をウィストン伯爵に負わせて足切りにしたんだ。……うまい手だよね。まさか張った罠を逆手に取られるとは思わなかった。あの状況で輝安鉱の現物が出てしまえば、ウィストン伯爵が犯人であることは確定だし、犯人である彼が死んでしまえば、隠れた真実を語るものもいない。アンスバッハ侯爵が関連した証拠はもう出てはこないだろうね」


 ウィストン伯爵は、あの場で絶命していた。

 なぜ殺さずに捕らえなかったのかと責め立てようかとも思ったが、狙われたのがザックである以上、彼を守る立場にあるイートン伯爵もケネスも、強くは言えなかった。


「まあ、本当は俺が殺されたころに踏み込む予定だったんだろうけどな」


 ザックは物騒なことを飄々と言ってのける。


「そうだね。そのあたりは当てが外れたんだろう。そうなれば父上だって殺害の関与を疑われる。対抗勢力である俺たちの力をそぎ落とすことができたはずだ。まあこの程度で済んだんだから……引き分けというところかな」


 静かに聞いていたロザリーは身震いをする。

 ロザリーがアンスバッハ侯爵と直截話したことはないが、彼女から見てすごいと思うケネスやザックを簡単に出し抜けるのだから、侯爵も相当頭が回る人間なのだろう。


 ケネスはみなを見渡して苦笑する。


「……さて、困ったな。行き詰まったね」


「そうだな。まあでも、これで彼らも輝安鉱の毒は使えなくなったわけだ。今回の件を受けて、城内のすべての食器も確認されるし、造幣局に残っていた輝安鉱もすべて没収される。俺を廃するのに、彼らも別の手を考えなければならない」


「振り出しに戻ると言ったところかな」


「だが今回のことで、議会ではアンスバッハ侯爵の株は上がっている。発言権も増し、今や彼の提言する政策ならば簡単に通ってしまうような状態だ。勢力地図を変えるには、第二王子の俺や第二党のバーナード侯爵派だけでは無理だろう。……味方に引き入れるべきは、父上だ」


「国王様か」


「ああ。父上がこちらに味方に付いてくれれば、優位に立つことができるだろう。だが、父上は俺には関心が無いからな。どこまでちゃんと話を聞いてくれるか……」


 ザックが目を伏せ、悔しそうにため息をつく。

 その姿に、ロザリーは思わず反射で答えていた。


「そんなことありませんっ……」


「ロザリー?」


「あ、いえ。その。……国王様はちゃんとカイラ様のこともザック様のことも考えていらっしゃいます」


「そんなわけないだろう。夢遊病で手に負えなくなった途端に母上を離宮に押し込めたんだぞ? その気がないならいっそ離縁してもらった方が母上だって気楽だろうに」


 これまでどんな扱いを受けてきたのか、ザックにとっては国王への不信は根深そうだ。

 ロザリーは困り果てて考える。国王はふたりに向けている愛情に気づかれたくはなさそうだった。


 それはなぜか。これはロザリーにも想像がつく。寵愛を表に出すことで、彼らに害が及ぶのを恐れているのだ。

 実際、カイラは離宮に閉じこもるようになってから、第一妃からの嫌がらせは受けなくなったと言っているし、この離宮の外側が全く手入れされていないのも、陛下の寵が失われたと暗に匂わせるためだ。

 カイラ本人にも気づかれないように、国王は愛を送る。内庭を整え、彼女の気持ちが晴れやかであるように。


(黙ってるなんて……やっぱり無理。でも、陛下の気持ちを考えたら……)


「ロザリー、どうした?」


 ザックがロザリーの髪をつんとつつく。ハッと顔を上げて、ロザリーは彼の深い緑色の瞳に見入った。


 行き詰まってしまったとき、指針にすればいいのは何だろう。愛情か、忠誠心か、それとも……。


「ザック様」


「うん?」


 気遣うように髪に触れる手からは、かすかに白檀の香りがする。香木を預かっている今は、自分にもその香りが染みつきつつある。


(私が王都に来たのは、ザック様に会うためだ。……ザック様の助けになりたくて)


 ロザリーはひとつの結論を出した。覚悟を固めるように小さく頷く。


「ザック様に、お願いがあります」


「なんだ? 改まって珍しいな」

 

そう言いつつ、ザックが顔はほころんでいた。彼にとっては、ロザリーに頼られるのはむしろ至福だ。


「今度、私と逢引きしてくださいませ」


「は? 逢引き……?」


 飛び上がるように立ち上がったので、ザックの座っていた椅子が傾いた。顔を真っ赤にしたザックと、ニヤニヤしたケネスが対照的で、ロザリーは思わず笑ってしまった。



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