銀色の毒・2
悪事の本拠地が造幣局に決まったとき、ジェイコブは自分がやがて弾かれることを恐れ、情報は自分が出したという念書を持ってきた。
鉱物馬鹿であるがゆえに金の亡者となっていた友人は、やがて要求をどんどん増やしていく。
自分の情報が無ければそもそもこの金は稼げない。売りさばく相手までも見つけてきているのだからと、どんどん取り分を要求してくる。
いつまでたっても輝安鉱の採掘と鋳造から抜け出せないことに、サイラスは疲れてきていた。局長である今、贅沢さえしなければ生活に困っているわけではない。
(……こいつさえ、いなくなれば)
疲れ果てたサイラスは、ついにその一年後、事故に見せかけてジェイコブを殺害した。
こうして、ジェイコブは死に、サイラスは自由になったかに思えた。アンスバッハ侯爵が、造幣局を訪れるまでは。
『こちらで製造している硬貨に不審な点が見られる。調査に入らせてもらおう』
専門家でもない侯爵にバレるわけがないと思っていたが、彼は研究部屋の一角に置かれた輝安鉱を見て、口端を曲げた。
『ジェイコブ・オルコット教授を知っているだろう? 君のせいかな? 彼がいないとこちらはいろいろ困るのに』
サイラスはピンときた。ジェイコブの採掘を支えていたのは、国王に次ぐ権力をもつこの侯爵だったのだ。
『……彼の代わりなら、私にもできます』
『そうか。では今後懇意にさせてもらう。だが君とは議会でも顔を合わせる。その時は無関心を装うことにしよう』
結局サイラスがしたことは、何にもならなかった。搾り取られる相手が、ジェイコブから侯爵に変わっただけ。しかも、採掘までも自分の手にかかってくるようになってしまった。
それから数年が経つころには、それまでの採掘場所から輝安鉱を取りつくしてしまった。これを機に、輝安鉱採掘からは手を引きたいと告げたが、侯爵は取り合ってもくれない。
仕方なく次の場所を探し始めたが、それはたやすいことではない。
サイラスはジェイコブの資料を入手するために、オルコット子爵へと近づいた。すると彼は、ジェイコブの妻であるオードリーが、故郷の男と再婚するのを阻止したい、とサイラスに懇願し始めた。
そして、オルコット子爵家を存続させるために、やがては孫娘とウィストン家の息子のどちらかを結婚させたい、とも。
それは、サイラスに都合のいい申し出だった。
オードリーはジェイコブの研究に最も詳しい人間だ。彼の採掘方法もなにもかも、オードリーを介して入手することができるだろう。
こうして子爵家との婚姻話を進めていたさなか、サイラスはなぜかマデリン第一王妃に呼び出された。
『ウィストン伯爵は、亡くなられたオルコット教授のご友人だそうね。彼の奥さまと再婚するんですって? ねぇ、あなたに潜入してほしいところがあるの。イートン伯爵の夜会よ? 兄の目の上のたんこぶである下賤の血を引く王子には、そろそろご退場いただきたいと思わない?』
イートン伯爵家で、招待客だけの夜会が開かれるのだという。
王宮の夜会と違い、伯爵家の警備は人数的にも隙がある。王子であるアイザックは銀器しか使わないだろうが、それこそ輝安鉱の活躍どころだ。
彼が使う食器を、輝安鉱で作られた食器にすり替える。彼が倒れたところで素早く回収できるものと言えば、カトラリー類が適当だろう。
事件が起きれば夜会の責任者であるイートン伯爵が疑われることとなり、アンスバッハ侯爵にとっては、二重の利益となる。
空恐ろしい申し出をマデリンは笑いながら言ってのけた。それを断ることは、サイラスにはできなかった。
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サイラスは大きくため息をつく。
自分ばかりが矢面に立たされることに、不満は尽きない。たしかに悪事には手を染めたし、自分が全く悪くないとは言わない。
だがもう生活は落ち着いたし、今後はオードリーという新しい妻をもらい、オルコット子爵家の財産もある程度自由にできる目途が立っている。これ以上の罪を重ねる必要が、サイラスにはないのだ。
(輝安鉱の採掘から抜け出せるならば、何でもやってやる。第二王子が死ねば、マデリン王妃もアンスバッハ侯爵も、もう毒殺したい人物はいないはずだ。きっとこれで終わりにできる。……きっと)
サイラスはそう自分に言い聞かせ、自然に震えてしまう手に力を籠める。
やがて、新たな食事が運ばれてくる。
イートン伯爵が自慢するだけあって、今回の料理はどれも舌をうならせる絶品ばかりだ。夜会で毒が原因で王子が倒れれば、真っ先に疑われるのは料理人だ。きっとすぐ捕まり、処刑されてしまうだろうけれど。
(死なすには惜しい料理人だがな)
そう思いつつも、サイラスはアイザック王子の隙を伺っていた。




