イートン伯爵家の夜会・3
「ところで、ロザリー嬢。君ちょっと元気ない気がするんだけど、気のせい?」
突然ケネスに全然別の話題を振られて、ロザリーは驚いた。いつも通りに、としていたつもりなのに。
「ど、どうしてですか?」
「いやだって。今日はなんか、あいつと距離をおいてないかい?」
ケネスが指を向けた方向には、ザックがいる。ふたりがやって来て挨拶を交わした後、自然にカイラとザック、ケネスとロザリーという組み合わせになっていた。
「そんなことはないです。ただ、ザック様もカイラ様と会うのも久しぶりだろうから……」
ケネスがあまりに鋭いので、ドギマギしてしまう。本当は、さっきからまっすぐにザックの目を見られない。
ロザリーは嘘が苦手だ。
だけど陛下から、自分のことは絶対に誰にも言うなと厳命されてしまっている。
内緒にしていると思うと変に力が入り、カイラに対してもどこかぎこちなくなっていた。
ケネスとザックが来てくれてホッとしたのもつかの間、ザックにも秘密にしなければと思ったとたんに表情筋が固まりだし、何となく会話も弾まずぎこちなくなっているのだ。
「……何か困ってる?」
気遣ってくれるケネスの態度は嬉しい。だけどこれは、誰にも内緒にしなきゃならない。
「だ、大丈夫ですっ」
「そう? ならいいけど。君が落ち込んでると、ザックの調子まで落ちるからね」
ケネスがポンポンと頭を軽く叩いてくる。今ではすっかり兄のような感覚だ。
「はい」
少しほっとしてほほ笑むと、長い脚がこちらに向かってくるのが見えた。
「ロザリー」
「は、はいっ」
ザックに呼びかけられ、再び緊張が走ったロザリーの肩がこわばる。それを見たザックは少しばかり傷ついた顔をしていた。
「ケネスから夜会の話は聞いたろう? よければ、俺にエスコートさせてもらえないか」
いつもならば嬉しいお誘いだが、ロザリーはぴきーんと固まった。助け舟を出してくれたのはケネスだ。
「いや、ロザリーを目立たせるわけにいかない。何のための夜会か分かっているだろう? 君を狙う犯人がいるかもしれない夜会で、ロザリー嬢を君の相手と認識されるのはまずい。いつも通り、君の相手はクロエに頼もう。ロザリー嬢は俺がエスコートする」
クロエとザックはかつて縁談もあった間柄だ。双方その気はないということも公言しているが、今でも一緒に出席する夜会は多い。
「だからってなんでお前が相手なんだ」
ザックは不満そうだ。
「でも、そのほうがいいですよ。ザック様」
「ロザリーまでそんなことを言うのか」
「私がノーマークになっているほうが、オードリーさんやレイモンドさんと連絡を取るのに都合がいいと思うんです。ザック様と居れば、どうしたって注目されてしまいますし」
「それはそうだが。……ちょっとロザリーこっち」
手招きされ、困り果ててケネスを見る。彼は苦笑したまま「行っておいで。拗ねてるだけだよ」と口添えする。
(拗ねてるって、どうして?)
ロザリーがとてとてとついていくと、彼は内庭の木陰で、彼女の肩に頭を乗せる。
「……会いたかったんだ。なのにケネスとばかり話されてはおもしろくない」
素直に自分の気持ちを言葉にする彼に、ロザリーの心臓が痛いくらいにときめく。
「私も、会いたかったですよ」
「……そう?」
国王様は、本当はカイラ様をずっと思っています。あなたのことも、と言いたくて言えない。
胸に靄がかかるようで、ロザリーの笑顔はその日一日中ぎこちないままだった。




