標的は誰?・4
そのままザックは執務室へと戻る。部屋にいるのは相変わらずケネスだけで、テーブルにはまだ湯気の上がったお茶と菓子がある。
「お帰り、ザック。いいタイミングだね。お茶を持ってきてもらったところだ。休憩しよう」
「準備が良いな」
「実は今日は朝からレイモンドにシフォンケーキを焼いてもらっていてね。今切り分けてきてもらったんだ」
ケネスはレイモンドの料理を非常に気に入っている。
どうせオードリーの手紙を受け渡した礼に、とでも自分で頼んだのだろう。
頼りになる兄貴分で世話好きで、どこまでも人のために尽くしていそうだが、ケネスは自分にとっての利は見失わない。そういうところは、むしろただ人がいいだけの人間よりも信用できる。
兄との話で緊張したせいか、喉は非常に乾いている。ありがたく、菓子と香りのいいお茶をいただいた。
シフォンケーキはやわらかく、噛むと小さな弾力を残し、やがて溶けていく。
甘いものは癒しだ。菓子を食べているとなぜかザックはロザリーを思い出す。
「さて。何かわかったかい?」
「証言までは取れなかったが、菓子に毒を仕込んだのはおそらくアンスバッハ侯爵で間違いないだろう。多分、どう転がっても良かったんだ。俺が死ねば犯人は兄上に、兄上が死ねば犯人を俺に仕立て上げるつもりだったんだろう。どちらにせよ、残るのは第三王子。傀儡の王として最も適している」
「うわあ、腹黒いねぇ」
「だが、お前のおかげで毒の被害には遭わなかった。そしてこれは予想外だったが、兄上とも少し腹を割って話せるようになった」
ザックがバイロンとの会話について簡単にケネスに話すと、ケネスは眉を寄せたまま、「ふむ」とつぶやいた。
「あのバイロン様がそこまでお考えだったとはね。病床にいたった今だからこそ、すべてを明かしてくれたというわけか」
「そうだろうな。兄上にとってはアンスバッハ侯爵は叔父で貴重な支援者だ。あの毒菓子が亀裂になったんだろうが、叔父を陥れるのは心が痛むはずだ」
だが、ザックだってこのまま殺されるわけにはいかない。
不正硬貨の乱造を止め、毒の製造と使用の証拠を突き止め、アンスバッハ侯爵とウィストン伯爵を捕縛しなければいけない。
「君がなんとなく正解に向かっていることは、あっちも気づいているだろう。ますます、君は彼にとって殺したい男となったわけだ。さて、焦ってぼろを出すか、逆に慎重になるか。……どちらに転ぶか分からないけど、こっちだって待ってばかりいるのはつまらないよね」
ケネスがにやりと笑う。悪いことを企んでいるときの顔だ。
「何か手が?」
「いつ毒が使われるのか、待っているのも気が気じゃないだろう? ひとつおもしろいことを思いついたんだよ。ぜひ提案させていただきたいね」
「おもしろいこと?」
「そう。君を殺害するのにふさわしい好機を、まずは作り出すんだよ」
*
内庭に残る匂いが気になったロザリーは、意を決して、数日徹夜をすることにした。
ウィンズだって、自分たちの起きている時間に庭の手入れはほぼ行っていない。もちろん、作業の手際の良さを見れば彼が作業していないことはないのだろうが、だったらなぜ、自分たちの知らない時間にやるのか、どうしても気になるのだ。
カイラに夢遊病の症状が現れたのは一昨日。
昨晩も徹夜していたが誰も現れず、昼間に少し昼寝をさせてもらい、今日は二日目の徹夜だ。
普段、夜の十時にはぐっすりなロザリーにはなかなかにつらい。
(ベッドにはいったら絶対寝ちゃうし)
窓際に椅子を寄せ、体をもたせかけるようにして毛布をかぶる。これなら、仮に寝てしまったとしても深寝にはならず、物音で目が開くだろう。
夜が深まり、月の光が屋敷を照らす。柔らかな月の光に、ロザリーはなぜか、ザックのことを思い出した。
最初に出会ったときが、嘘の肩書だったからだろうか。本当は自ら光ることもできるのに、敢えて黙して光らないように努めているようにさえ思えるのだ。
だけど王家に生まれたという立場は、嫌でも光を彼に当てる。彼が、ただそれを照り返すだけの月のままでいるのか、それとも自ら光り輝こうとするのかは、本人の意思にかかってくるのだろう。
(……ザック様が幸せそうなら、なんでもいいですけど……)
そんな風に考え事をしているうちに、ロザリーは窓の桟に寄りかかり、眠りに落ちていった。
それから、どのくらいたったのか。うとうとと船を漕いでいたロザリーは、小さな話し声を聞き取り目を開けた。
「……か?」
「はい」
窓の外を窺うと、朝方なのか若干空が白んでいた。どうやら結構寝入ってしまったらしい。
人影が分かるくらいには明るく、のぞき込むと、内庭にふたりの人間がいるのがわかった。
大きさからみても、どちらも男の人だろう。
(どうしよう。あんまり近づいたら危ないし……。でも、気になるし。ええい)
ベッドで寝るつもりがなかったから、今日のロザリーは簡素なワンピースを着たままだ。
更にもこもこのケープを羽織り、内庭がよく見える広間へと向かう。
この屋敷は、主人のカイラが朝をゆっくり過ごすので、活動開始時間が遅い。使用人たちもまだ寝静まっている。
なので、使用人たちを起こさないよう、できるだけ静かに、ランプを付けずに暗い廊下をこそこそ歩いた。
(でも、門には護衛の人がついているはずなのに。どうやって入ったんだろう。やっぱり許可がとれる人たちなのかな?)
歩いている間にも疑問は沸き上がる。
この屋敷はイートン伯爵が派遣した衛兵たちが警護しているのだ。何の物音もなしに侵入などできない。まして、内庭でゆっくり話をするなんて。つまり、そこにいるのはそれを許された人なのだ。
納得して、ロザリーは広間に滑り込んだ。
テラスに通じる大きなガラス戸に近寄り、今は閉められているカーテンを少しだけめくって、内庭を眺める。
(……あ、ひとりはウィンズさんなんだ)
内庭にいたのはふたりの男性。ひとりは、先日ロザリーに剪定の仕方を教えてくれたウィンズで、もうひとりは顔が見えない。しゃがんで、目の前のクレマチスに向かい手を伸ばしている。
パチパチと鋏を扱う音がしている。ウィンズは彼の手元を照らすためにランプを支えていた。
(庭師さん……なのかな? でもこんな朝方に来る意味が分からない)
そして、作業をしながら、彼らは何か話しているのだが、窓越しだとはっきり聞き取れないのだ。
大きな窓を開けば、開けるときの音で気づかれる。ロザリーはこそこそと移動して、隣の小部屋の窓を開けた。
冷たい風が一気に入ってきて、思わず「きゃっ」と小さな悲鳴が出てしまう。思わず口を押さえ、身を隠す。
「……ですか?」
「冬はあまりきれいに咲く花が無いからな。高山の植物だ。定着するといいんだが」
外のふたりは話し続けている。
木の根元に、なにか花を植えているようだ。
(よかった。気づかれてはいなさそう)
ロザリーがホッと胸をなでおろした瞬間、心臓に矢を突き立てるようなことを言われた。
「ところで、子犬が動いているようだな。……そこか?」
驚くべき聴覚。とはいえ今窓を閉めれば逆に居場所がバレるので息をひそめていると、黒い影がすぐに近寄ってきて、その窓を開けた。
「……カイラの香りだな。ああだが、違うか。ずいぶん可愛らしい子犬じゃないか」
その人物を見て、ロザリーは息が止まるかと思った。
「へ、……陛下?」
どこかで嗅いだことがある、と思ったのも道理。
そこにいたのは、まさかのモーリス国王、ナサニエル・ボールドウィンだったのだ。




