潜入!オルコット邸・5
ザックは、途中から元気をなくしたロザリーのことがずっと気になっていた。
本来馬車は、まずロザリーを下ろしそれからディラン先生を下ろして王城に戻る予定だったが、急遽変更し、まずディラン先生を家まで送り届け、その後全員で離宮へと向かう。
「なにがあった? ロザリー」
うつむいたままのロザリーの変化に、誰もが気付いている。
心配顔のカイラに一室を借り、人払いしたところで、ようやくザックは問いだした。
「クリスさんと会ったんです。でもちゃんと話をする前にオルコット夫人に見つかって。……私、クリスさんと初めて会ったふりをしました。夫人に、私達の関係を悟られては、今後の計画にも支障が出るんじゃないかと思って」
「正解だな。ケネスと君のつながりは彼女に知られている。不審に思われてアイビーヒルの調査をされては、レイモンドまでつながっていることがバレてしまうだろう」
「……でも、きっとクリスさんはそんなこと……何も分からないだろうから」
ロザリーは彼女の傷ついたまなざしを思い出した。
いつだって好奇心をいっぱいにして輝いていた瞳が、あの時ロザリーを見て失望の色を浮かべたのだ。
「きっと、……傷つけました」
とても心配だった。元気なクリスが寂しがってはいないかと、悲しがってはいないかと。
けれど実際に会って、傷つけてしまったのは他ならぬ自分だったのだ。
泣いてはいけないと思うけれど、涙があふれてくる。
それでもロザリーは堪えようと踏ん張ってみたが、ザックにそっと抱きしめられ、その頑張りは水泡に帰した。
「……うっ、す、すみません。私」
「ロザリーとクリスは友達だったもんな」
彼の声音が優しかったから、ロザリーの涙腺はますます緩んでくる。
「クリスさんを元気にしたかったのに。かえって傷つけてしまいました」
「うん。だが、それが本心じゃないことくらいは、クリスだってわかってくれる。ロザリーは間違ってない。俺たちにできることは早く彼女たちを救い出してやることだ」
前向きな言葉に泣きながらすがっていたら、控えめなノックの音がした。
「大丈夫なの? あらアイザック、どうしてあなた、ロザリーさんを泣かせているの」
「母上」
「あまり長い時間、恋人たちをふたりきりにするわけにはいきませんよ。あなた方は婚約者というわけではないんですから」
本来、未婚の令嬢が男性とふたりきりになることは許されていない。
カイラとしては、十分ほどふたりきりにしてあげただけでも譲歩したつもりなのだ。
「母上はすっかりロザリーの保護者だな」
ザックは名残惜しそうに緩慢な動作で手を離すと、苦笑した。
「わたくしたちはお友達よ。ね?」
「はい!」
カイラの穏やかな微笑みに、ロザリーも元気よく返す。
実母と恋人が仲が良いのはザックにとって幸運なことだが、程度にもよる。自分の方がないがしろにされているようで時たま切ない。
「ロザリーは誰とでも友達になるんだな。……まあいい。少しは元気になったというなら、それで構わない」
「はい。すみません。取り乱してしまって」
「とりあえず不穏な念書が出てきたことで、調査のとっかかりは掴めたと思う。しばらくは忙しくなるから来られないかもしれないが、ロザリーは母上を守ってやってくれ」
「守られているのは私の方かもしれないですよ」
「お互い様というやつね」
ロザリーとカイラが笑いあっていると、ザックはおもむろに胸元から香木を取り出した。
「あと、これを君に預けておく」
「白檀の香木ですね? でも、どうして? これはザック様の大事な……」
「大事だから、ロザリーに預けておくと言っているんだ。まあ、この離宮にはこんな香りのものは多くあるだろうが」
ロザリーは手の中にポンと置かれた小さな香木を嗅いでみる。
カイラからもする香りだが、ザックはずっとつけているせいか、この香木からは白檀の香り以外にザックの香りがする。まあ、ロザリーでなければ分からないほど、微かなものだが。
「持っててくれ。その……」
急に言いよどんだザックは、思い出したように、静かにたたずんでいた母親に視線を向ける。
(さすが元使用人。たまにふっと存在感を消すんだよな、この人)
「すみません。母上。息子からのお願いを聞いてくださいませんか?」
「いいわよ。何?」
「……あと五分でいいから。ふたりきりにさせてください」
耳のあたりまで赤く染めた息子の姿に、カイラは楽しそうに笑う。
「いいわよ。五分だけね」
そう言って、そそくさと部屋を出ていく。
改めてふたりきりとなり、空いた間が逆に恥ずかしさを連れてきた。
「あの、ザック様?」
「今の俺は、君に正式な誓いが立てられない。だから何か預けたいと思ったんだ。……必ずここへ戻ってくると証明できるものを」
そう言うと、ザックは常にやるようにロザリーを自分の右腕に乗せて持ち上げた。
どう考えても大人が子供にやる仕草なのだが、ザックはこうしてロザリーと目線を合わせることを気に入っている。
彼女が自分の腕に安心して体を預けてくれることも。
「待っててくれ、ロザリー」
「は、はい?」
何をですか? と聞いちゃいけない感じの甘ったるい空気に、ロザリーはドギマギしている。
そのまま、ザックが空いたほうの手を伸ばし、彼女の耳裏を触る。
「く、くすぐったいです。ザック様」
彼に寄りかかるように肩に乗せ、くすぐってくる指から逃げるように動くと、逆に彼に顔を近づけてしまうことになった。
「ザ……」
微笑んだままのザックが近づいてくる。
たじろいだロザリーはそのまま動きを止め、彼の動きをそのまま受け入れた。
唇を塞ぐ、温かい彼のそれ。何度されても慣れないけれど、何度でもこのドキドキが味わえるのならば、それはそれでいいような気もする。
「ロザ……」
小さく甘い唇をもう一度味わいたいというザックの願いは、再び遠慮なく開く扉の音で遮られた。
「五分経ったわよ。アイザック」
「……母上」
さすが元使用人。時間も正確である。
ザックは渋々彼女を腕からおろし、照れくさそうに頭を掻く。
「まあ、今日はゆっくり休むといい。色々落ち着いたらまた夕食を頂きに来るよ。母上も、それまでロザリーをよろしくお願いいたします」
「ええ。いつでもおいでなさいな。待っているから」
そのまま、ザックは部屋を出ていく。カイラがからかう様子を隠さないまま、ロザリーを見つめた。
「真っ赤よ、ロザリーさん」
「あ、……は、す、すみませんー!」
「あらやだ。何を謝っているのかしら。あなたたちが仲が良いのは私にとっては嬉しいことよ」
(元気になってきたのは喜ばしいのですが、最近のカイラ様は少し意地悪です……)
ロザリーは顔を真っ赤にしたまま、いつまでも口をパクパクさせていた。




