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潜入!オルコット邸・3

 振り向いたとき、ザックはいたずらっ子のような顔をしていた。


「さて。少しざっくばらんに話そうか。オードリー殿」


「ザック様、ケネス様、それにロザリーさん。一体どうしたんですか?」


「オードリーさん、私だけじゃありません。本当はレイモンドさんもいるんです。レイモンドさん、オードリーさんに会うために今王都に居るんですよ!」


 ロザリーの言葉に、オードリーは瞬きをした。


「嘘……、だって、レイモンドには切り株亭が」


「本当です。話せば長くなりますが……」


 ロザリーは一気に事の顛末を説明しようとしたが、あまり説明が上手じゃないため、聞いている方には支離滅裂に聞こえる。

 結局、ケネスが間に入り、ザックが本当は第二王子のアイザックであること、いろいろあって王都に戻ってきたこと、その後レイモンドはオードリーを、ロザリーはザックを追って、王都まで来たことを説明した。


「レイモンドさんは、毎日のようにオルコット邸を訪れているんです。でも、オードリーさんには会わせてもらえないって」


「本当に?」


 オードリーの胸に、熱いものが沸き上がる。

 それと同時に、諦めそうになっていた自分を悔やんだ。レイモンドが切り株亭をひとに任せてまで迎えに来てくれたというのに、自分は籠の中で何をしているのか。


「レイモンドに会いたいわ」


「もう少し我慢してくれ。残念ながらレイモンドは門番に顔が知られすぎていて、今回連れてくるわけにいかなかったんだ。その代わり、手紙を預かっている。良ければ、走り書きでいいから返事を書いてやってくれないか」


「もちろんです」


 目尻に浮かんだ涙を拭いながら、オードリーは頷いた。

 そしてケネスが持参した手紙を便箋を受け取り、一瞥すると勢いよく返事を書き始めた。


 その間、ザックはディラン先生と鉱物図鑑を見てうんうん唸っている。


「こんな感じで銀色の鉱物が石と混じっていました。銀とはまた違うように思えて気になっていたんですが」


「そうじゃな。基本、造幣局で扱う金属は扱いやすいものが主じゃ。鑑定を頼まれたにしてもそんなに取っておくかのうという気はするが。銀色に輝いていたというなら、このあたりが怪しいだろうな」


 ディラン教授が示したのは輝安鉱という鉱物だった。

 中央からまるでハリネズミが棘を出すように、銀色の突起物がいっぱい出ている。


「似ている気がします」


「わしは鉱物が専門というわけではないが、銀は自然銀という形で見つかることはほとんどない。輝銀鉱などの銀鉱物を精錬することで輝きのある純度の高い銀を取り出すはずなんじゃ。アイザック様が見たというその鉱物が、銀であることはまずないと思う」


「なるほど……アレ?」


 パラパラとその近くに有った書物を眺めていると、一枚の紙がはらりと落ちてきた。


「なんだこれは」


 取り上げてみて、息を飲む。


「……これは、……念書?」


 『情報提供料として、売り上げの一部を要求する』といった内容が書かれた書類の下には、オルコット教授の名とウィストン伯爵の名が記され、血判が押されていた。


「オードリー、これは」


「え?」


 確認したオードリーは、真っ青になって首を振った。


「まさか。……たしかに夫とウィストン伯爵は学生時代からの友人でした。一時期は造幣局で仕事を受けたと言っていた時期はありましたが。……そういえば、そのころ少し羽振りがよくなった時期がありました。子爵家はもともと裕福ですが、義父たちは夫の研究にお金を出すことはあまり好んでいませんでしたので、研究費はかつかつだったのです。それが事故に遭う直前は、多くの学術誌を買い込んだり、少し様子がおかしかったように思います」


 といっても、それも今疑問を投げかけられたから言えることだ。

 この頃のオードリーは、初めての子育てに頭がいっぱいで、あまり夫の話を聞いてもいなかった。


「亡くなる前……と言うといつぐらいだ?」


「クリスが一歳になる頃ですから、……四年前ですね」


 ザックは口もとに手を当て、考える仕草をした。


「ウィストン伯爵が造幣局局長になったのは五年前……そのあたりから組んで仕事をしていたとしたら……」


 この念書に書かれている日付は、五年前のものだ。


 鉱物の専門家であるオルコット教授は、おそらく毒のもととなる鉱物を持っていた。その情報と現物を利益と交換したとしたら?

 ウィストン伯爵はそれほど裕福ではないと聞いている。であればオルコット教授に渡す利益はどこから捻出するのか。毒の販売先か、もしくは……


「配合をごまかして金を得ていた、……とか」


 これはあくまでザックの想像に過ぎない。けれど、金貨の配合率をごまかす動機として、可能性が出てきた。


「……持ち帰ってしっかり考えてみないと駄目だ。オードリー、この念書の存在は子爵家には知れていないんだな?」


「おそらく。このあたりの専門書は、私か夫しか読まないので」


「であれば、これは預かっていく。……一度、応接室へ戻ろうか。何事もなく無事に終わった印象を子爵につけておきたい」


 そう言ってザックとケネスは頷きあう。

 だが、ロザリーはクリスの気配がないことが気になっていた。

 残り香はそこはかとなく残っているところを見ると、クリスは頻繁に書庫に出入りしているのだろうとは思う。


「オードリーさん、クリスさんはどこですか?」


「ああ、クリスは今日は義母と奥の部屋で過ごしているわ。失礼にならないように……と言う名目だけど、クリスが余計なことを言わないように……だと思う。子どもの口に戸は立てられないもの」


「元気では居るんですね? 私、心配でした。クリスさんは友達ですもん」


 オードリーは、以前と変わらぬ素直なロザリーを眩しそうに見つめた。


「ありがとう。元気よ。私の心配をしてくれていて、あまり外には出られてないけれど。クリスもあなたに会いたがってたの」


 また、オードリーの瞳からポロリと涙が落ちる。


「やだ、ごめんなさい。いい大人が……」


 だが、こらえようとしてもとめどなく流れてくるようだ。

 ずっと張っていた気が、レイモンドが待っていてくれると知って抜けてしまったのだろう。

 オードリーはもう限界だ。

 そう思ったロザリーは覚悟を決めた。


「……私、お手洗いを借りてきていいですか?」


「え?」


「少し迷うかもしれないですけど、心配しないでください。私にはこの鼻がありますので」


 暗に、クリスと会ってくる、といい、ロザリーは書庫を飛び出した。


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― 新着の感想 ―
[一言] さらにキナ臭く!!!!
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