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手負いの王妃と造幣局の悪魔・6

 その日から、ロザリーは離宮に部屋をもらって住むことになった。


「お部屋はここを使ってちょうだいね。服はとりあえず私のを貸すわ。明日、イートン伯爵の使いが持ってきてくれるとは言っていたけれど」


 ロザリーとふたりきりになると、カイラは水を得た魚のように生き生きとし始めた。

 それが何だか不思議でじっと見ていると、カイラは視線に気づいて苦笑する。


「ご、ごめんなさいね。世話を焼いてしまって」


「いいえ。嬉しいです。でもカイラ様のイメージが先ほどと少し違って」


「……イートン伯爵がいらっしゃったからかしらね。私がもともと侍女だったのはご存知?」


「はい」


 彼女は椅子にロザリーを座らせ、櫛を手に髪を梳かし始めた。


「人のお世話をするのが好きだったの。美しい令嬢をさらに綺麗に飾ったり、部屋の中で心穏やかに過ごせるよう、家具や花を選んだり。侍女は天職だったと思うわ。そうしているうちに国王様の目に留まり、国王様の身支度を整える係になったの。……そのころにはもう愛人ね。私に、断る権利はなかったもの」


「……無理やりだったのですか?」


「いえ? 国王様のことは愛しているわ。早くに両親を亡くし、国王という重責を背負わされた彼は、きっと弱音を吐き出す相手が欲しかったのよ。私はそんな彼を、守りたいと思った。けれど第一王妃であるマデリン様は私のことが目障りだった。嫌がらせもたくさんされたわ。見かねて、国王様は私を側室にと取り立ててくださったんだけど、今度は貴族の皆様から威圧を受けるようになったの。まあ、使用人が王妃になれば嫌味のひとつも言いたくなるわよね」


「そんな…」


「だから、身分の高い方は少し苦手なのよ。イートン伯爵がお優しいのはわかっているんだけど。……あ、あなたも男爵令嬢なのよね。ごめんなさい。でもなんだかあなたが相手だと安心しちゃって」


「私は田舎育ちですから。最近まで平民のふりをして下働きもしてましたし」


「まあ、ふふ。私たち仲良くやれそうね」


「だと嬉しいです」


 カイラと打ち解けることが出来て嬉しいロザリーは、安心してゆったりと眠りにつく。

 しかし、物音がしてふいに目を開けた。辺りは暗い。まだ真夜中だ。


「……なんでしょう、この音」


 ドン、ドンと扉をたたくような音がする。

 不思議に思ったロザリーはそろそろと部屋の外に出た。……と、廊下には最初に案内してくれた年配の侍女・ライザが、厳しい顔をして音のする扉をじっと見つめていた。

彼女はロザリーに気づくと、ふっと顔を緩めた。


「ああ、……申し訳ありません。最初にお伝えしておくのを忘れていました。カイラ様には夢遊病の症状があるんです。そのため、夜間は外から鍵をかけられるようにしてるのです」


「カイラ様……なんですか? 中で扉を叩いているの」


「ええ。でも起きたときに尋ねれば記憶にないとおっしゃいます。鍵をかける前は、庭に出てしまって足を怪我されたりいろいろトラブルもあったもので。今はこうして夜に鍵をかけるようにしてます。けれど何かあっても困りますので、こうして外で様子を窺っているのです」


 ロザリーはここに来る前に読んだ書物を思い出した。

 夢遊病は深い眠りのときに起こり、頭は眠ったままなのに、体が起きてしまう状態なのだそうだ。

長くても一時間で収まることから、敢えて治療する必要はないとされていた。


「鍵……開けては駄目ですか?」


「ですが」


「カイラ様は暴力をふるったりするわけではないんですよね」


「ただ歩き回るだけです。夢を見ておられるようで」


「少し話しかけてみたいんです。いいですか?」


 侍女は迷ったようだが、鍵を開けた。すると、ギイと軋んだ音を立てて扉が開き、カイラが出てきた。

 彼女の目は、誰もいない空間を眺めている。そのまま、体を揺らしながら歩いていこうとする。


「カイラ様。まだお休みの時間ですよ。一緒にベッドに行きましょう?」


 ロザリーが言ったが、彼女には届いていない。


「アイザック……。……ナサニエル様。待って」


 カイラはブツブツとつぶやき続けているが、目はうつろで、廊下を行ったり来たりしている。


「カイラ様。こちらですよ」


 ロザリーはできるだけ穏やかに言い、彼女の横にぴったりついて歩いた。

 なおもつぶやき続ける彼女は、やがて方向を変え、自らのベッドに向かう。


「寝ましょう。ね。明日はきっといい日になります」


 笑顔でそう言うと、ぼんやりとしていたカイラはふっと表情を緩め、ぱたりとベッドに倒れ込んだ。


「……眠った……かな」


「大丈夫そうですね。お嬢様も怪我がなく何よりです」


 侍女はホッとしたようにカイラを見下ろし、揃って部屋を出た後、ためらいがちにもう一度鍵を下ろした。


「念のため、鍵はかけておきますね」


 侍女には疲労の色が見られる。

 深夜にこんなことが度々起こるのであれば、ゆっくり熟睡などできないのだろう。


「ずっとこんな感じなんですか?」


「毎日ではありませんが、時折起こりますね。今みたいに、アイザック様や国王様の名前を呼び続けていることが多いです。……お寂しいのでしょうね。国王様とも、とても仲睦まじかったんですが、気弱なカイラ様は貴族と渡り合っていくのには向いていないのでしょう」


「……そうなんですね」


 ロザリーは再び自室のベッドに入り、丸くなって目をつぶった。

 季節を問わず、心休ませるような庭園。昔はよく髪を結っていたと、笑ったカイラ様。母親に語り掛けるザックは、よそよそしい敬語を使っていた。


「眠れない……」


 なにかがすっきりしない。

 皆がカイラを心配している。カイラ様はみんなを愛してる。なのにどうしてうまくいかないのか。


 もぞもぞとベッドを転がっていると、やがて体が温まってくる。

 単純にもすぐにあくびが出てきて、ロザリーは体を仰向けにした。


「ザック様……おやすみなさい」


 今日の笑顔を思い出して、ロザリーはホッとして眠りに落ちた。



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