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手負いの王妃と造幣局の悪魔・2


 ロザリーがケネスとともにディラン先生の毒物講座を受けている頃、ザックとイートン伯爵は夜会で約束を取り付けた造幣局の視察に訪れていた。


「近代的な建物ですね」


「十年前に一度建て直しているんですよ。当時の最新の構法で建てられております」


 造幣局に入るのは初めてだ。案内をしてくれるのは局長でもあるウェストン伯爵だ。


「王子は硬貨ができる工程をご存知ですかな? 簡単に言うと、金属を溶かし、型に入れ、圧延……圧力をかけて均一な厚さまで延ばしていくのです。最後に円形にくりぬきます。うまく形作れない硬貨は、最初の工程に戻ってもう一度作られます。金属は余すところなく使用され、徹底的に無駄は省いております」


 ウェストン伯爵は自信ありげに胸を反らした。ザックは実際に鋳造仕事をしている工場も見せてもらった。金属を溶かすため、部屋の中も高温になっている。

 多少機械化されたとはいえ、まだまだ手作業は多く、金属を引き延ばす作業は特に力と精密さが必要となる。

 職人たちの苦労をザックは胸に刻んだ。


「ウェストン伯爵。わが国で作られてるのは金貨、銀貨、銅貨ですよね。今年は国王在位三十周年の記念硬貨も作られました。あれの金属比率はどうなってるんですか?」


「通常の金貨と同様ですよ。金が九十パーセント、銀が十パーセントですね。銀の算出が少ない年には、銅が混ぜられることもあります」


「金がそこまであれば、かなり安定しているはずですよね。……これを見てください」


 ザックが取り出したのは、アイビーヒルの温泉宿で錆びてしまった記念硬貨だ。


「こ……これは?」


「記念硬貨です。間違いなく今年発行されたのに、もうこんなに黒ずんで錆びてしまっている。環境が悪かったにせよ、この劣化の早さは異常です。俺は金属比率に問題があるのではないかと思ったのですが」


「そうですな。……これは、……私の方でも調べてみます」


 ウィストン伯爵はしどろもどろだ……が、これだけで彼を追求できるわけではない。

 彼の部下が勝手にやったという可能性もある。

 鋳造するはずの金を盗み、安値の銅や銀の比率を上げることは、工場で働くものならば、誰でも可能ではある。


「よろしくお願いいたします。父上の在位を記念する硬貨が不正硬貨であれば、発行元のあなた方にどんな罰がくだるかわかりませんからね」


 軽く脅しも与えておく。

 後ろでイートン伯爵が小さく笑っているのが聞こえた。全く困った狸おやじだ。


「念のため資料も確認させてください」


 工場から離れ、事務室に戻った三人は、ずらりと並べられた書類棚を、ラベルを元に確認していく。そこに、銀色の鉱物が数種類置かれているのを見つけた。


「……これは?」


「査定目的で持ち込まれる鉱石です。金や銀であればそのまま買取することもありますね。宝石になるものであれば、証明書を出し、加工ができる技術者を紹介します」


「なるほど。であれば、ウェストン伯爵は石に詳しいのですね?」


 ザックも、ポルテスト学術院の学生だった頃、専門ではないが鉱物学を学んだことがある。その時の恩師は、もう亡くなったと風の噂で聞いたが……。


「……あ」


 突然、ザックが間の抜けた声を出したので、イートン伯爵もウェストン伯爵も、思わず別人の声かとあたりをきょろきょろした。


「アイザック殿。どうなされたので?」


「い、いや、……すまない。学生のときの鉱物学の教授を思い出して。ウェストン伯爵はご存知でしょうか。オルコット博士という名だったのですが」


 オードリーの名字と同じだ。

 ザックはアイビーヒルで彼女に会ったときから、どこかで聞いた名前だと思っていたのだ。


「ああ。彼は私の友人だったのですよ。学生時代の同期でしてね。彼は鉱物の専門家となり、私は金属の専門家としてしのぎを削りました。残念ながら四年前事故で亡くなりましてね……」


 そうだ。そうだったのだ。オードリー・オルコットはオルコット博士の妻だ。

 ザックがオードリーと直接話すことはほとんどなく、ロザリーにばかり気が行っていたので全く気付かなかった。


「鉱石について詳しく調べたいときは、誰に聞くといいのかな。オルコット博士の後を継いでいる教授はどなたでしたっけ」


「鉱物学の後任は、ヒューズ博士ですね。ポルテスト学術院の図書館にも蔵書は残っています。でも実は一番蔵書が多いのは、オルコット子爵家ですよ。博士の妻は助手もしていまして、鉱物の分類や性質を細かくまとめていたそうです。私も見せてもらったことがありますが、大したものでした」


「へぇ?」


「実は……彼女を後妻にという話がありましてね。亡き友の妻を奪うのは気が引けますが、もう四年も経ちますし……。私も妻を亡くしてずいぶん経ちますのでね」


 照れたように頭を掻きながら続くウェストン伯爵の話は、あまり頭に入ってこなかった。

 予想外のつながりと、これまた予想外な話に、顔を取り繕うだけで精いっぱいだ。


(どうなってるんだよ、レイモンド。お前、彼女を捕まえたんじゃなかったのか)


 ザックの心の叫びは、レイモンドに届くはずもない。


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