そして再会・3
「まあ詳しい話はまた今度だな。アイザック王子、そろそろ会場に戻りませんと」
イートン伯爵の言葉を皮切りに、ザックは正気に返った。
「ああ、そうですね」
「ケネス、ロザリー嬢のことは頼む」
「ええ、父上。分かってます」
イートン伯爵が部屋を出て、ザックも名残惜しく感じながらもそれに続く。と、扉を閉める前に彼はケネスを振り返った。
「……ケネス。前は怒鳴って悪かった」
ケネスは笑顔でその言葉を受け取ると、まるでこれは独り言だとでも言うようにそっぽを向いてつぶやいた。
「第二王子には果たさねばならない責任もあるのだろうけどね。悪いが俺にとって大事なのは、俺の弟のアイザックなんだ。君を守るためなら、君の言うことを聞けないこともあるよ」
兄弟のように育った日々を、ケネスは今も忘れていない。彼が王子だという後から知った事実は、ケネスにとっては昔からどうでもいいのだ。
「……ありがとう」
ザックは素直に感謝をつげ、部屋を出ていく。
ふたりになったケネスは、ロザリーにハンカチを差し出した。
「さ、君が泣き止んだら、戻ろう。ふたりきりで個室にいて、誤解されてはよくないからね。広間に戻ったら、俺とも踊ってくれるんだろう?」
「ケネス様とですか?」
「そうだよ。これでも楽しみにしていたんだからね。目の前で踊って、あいつに悔しい顔をさせてやるのを」
「あはは、そっちですか」
ロザリーが笑顔になったのを確認して、ケネスはゆったりと手を上げる。
「さ、かわいいお嬢さん、お手をどうぞ」
「はい! ありがとうございます」
軽やかに返事をし、ふたりで部屋を出ると、廊下からものすごい速さでクロエがやって来た。
「やっと見つけた! お兄様! 一体どこに行ってらしたの?」
そして、エスコートを受けているロザリーをぎろりとにらみつけている。
「どうしてお兄様とふたりきりでいるの、あなたは!」
「ふ、ふたりきりじゃないですーっ」
「ふたりとも、ここをどこだと思っているんだい。そんな大声を出しては淑女として失格だよ」
廊下一帯に響き渡りそうな声を出すクロエとロザリーに、人差し指を立てシーと片目をつぶる。それだけで、ブラコンのクロエは押し黙り、空いているほうの腕にしがみついた。
「もうっ、お兄様、早く行きましょう。一緒に踊る約束したじゃありませんの」
「兄と踊ってなにが楽しいんだい、クロエ」
「他の殿方と踊るより百倍楽しいですわ。さあ!」
ぐいぐいと引っ張っていくクロエに着いていく形で、ロザリーとケネスは広間に戻った。
大広間は出たときと変わらず、優雅な音楽が流れ、人々はダンスに興じたり、会話を楽しんだりと、思い思いに過ごしていた。
「先に一曲クロエと踊って来るよ。君はここで待っていて。言っておくけど、ダンスの約束をしたのは俺が先だからね。他の男の誘いは断っておいてよ?」
ロザリーを軽食のあるところに連れてくると、ケネスがウィンクをしてクロエに引っ張られていった。
(……いいにおい)
さすがは王家主催の夜会。でてくる食事も豪華である。ひとり分ずつカットされたローストビーフを皿に取り、もぐもぐと食べ始めた。
ひとりになったロザリーは、心もとない気分で、踊る人々を眺めていた。
無意識にザックの姿を探してしまう。
彼は、グラスを片手にイートン伯爵と歓談しながら、別の集団の中に入っていくところだった。
その中に、品の良さそうな老夫婦と、四十代くらいの小太りの男性がいる。イートン伯爵が老夫婦のほうと主に会話し、ザックは小太りの男性の方になにやら熱心に尋ねていた。
(誰だろう。それにご夫婦の奥様の方……誰かに似ているような)
やがて、イートン伯爵とともにその夫婦が近づいてくるので、ロザリーは心臓がどきどきしてきた。
「オルコット夫人、彼女がロザリンド・ルイス男爵令嬢です。縁あって私の屋敷で暮らしているんですよ」
「まあ、可愛らしいお嬢さんね」
「初めまして。ロザリンド・ルイスと申します」
慌てて礼をしたが、彼らの紹介の中に聞き覚えのある名前を聞いて、ロザリーは内心驚いている。
(オルコット……って)
「このドレスも素敵ね。うちの孫がデビューするときも、こんな感じでレースをあしらったのがいいわ」
夫人はにっこりと微笑んだ。その笑顔にどことなく懐かしさを感じる。
まさか……と思いながら、ロザリーは重ねて質問を投げかけた。
「お孫さんがいらっしゃるんですね。おいくつなんですか?」
「まだ五歳なの。うふふ、気が早いでしょう。でもね、父親も亡くなっているから、私がちゃんと世話してあげないとね」
(……やっぱり!)
この夫人は、おそらくクリスの祖母だ。
レイモンドの話では、オードリーの嫁ぎ先は子爵家だったはずだ。王都に居を構える子爵家なら、夜会に呼ばれても不思議はない。
「優しいおばあさまがいて幸せですね。お父様がいらっしゃらないのは、寂しいでしょうけれど」
「でもね。もしかしたらあの子に父親ができるかもしれないの。私達も歳だもの。万が一を考えて早く生活を支えてくれる存在ができればと思っていたのよ」
「そうなんですね! それはよかったです」
ロザリーはてっきり、その相手がレイモンドだと思ってそう言った。
(あれ、でも、レイモンドさんは会わせてももらえないって言っていたのに)
「あの人よ。ウィストン伯爵。造幣局にお勤めでね。奥様を亡くしていて、境遇も一緒だからうちの嫁とも話が合うと思うの」
オルコット夫人が指し示したのは、ザックが熱心に話している小太りの男性だ。
「そう、なんですね」
「あなたもこれから旦那様になる方を見つけるのでしょうけど、お仕事をしっかりなさっている方がいいわよ。良かったら誰か紹介しましょうか。でも、あなたくらい可愛かったら、直ぐお相手が見つかるかしら」
楽し気なオルコット夫人の話はもう耳には入ってきていない。
(ど、どうしましょう、レイモンドさん。オードリーさんが、オードリーさんが、ピンチです!!)




