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そして再会・1

 ロザリーが令嬢教育に励んでいる間、レイモンドは何度もオルコット子爵家を訪れた。

 が、結果はいつも同じ。「料理人ごときにオードリーを任せるわけにはいかない」と門前払いを食らっていた。

 イートン伯爵の名を出せば、もしかしたら話くらいは聞いてもらえるかもしれない。が、レイモンドはそこまで図々しくもなれずにいた。

 イートン伯爵領は、穏やかで伯爵の気質もあってそこまで身分差が気にならない。けれど、王都はやはり違うのだ。勝手にイートン伯爵の名を出すなど、使用人のすることではない。


「……クリス、寂しがってるだろうな」


 オードリーにももちろん会いたいし、会える日を待ち焦がれている。だが、オードリーは大人で、会えない事情も一番理解しているだろう。それを思えばクリスはまだ子供だ。今度は直ぐ会えるよ、と言って別れたのは、もう三ヵ月以上前になる。図らずもその言葉が嘘になってしまったことが、レイモンドには悔しかった。

 他の男との子だとは言え、レイモンドにとっては、クリスは我が子のようなものなのだ。


「ちゃんと迎えに来るからな」


 追い返されて、遠くから屋敷を見上げつつ、レイモンドはその意思を固くしていった。



「ほら、ロザリーさん、背筋が曲がっているわ」


「すみませんっ」


 ケイティにぴしりと背中をたたかれて、ビクリと体を震わせると、向かいに座るクロエがくすくすと笑う。


「ロザリーは小動物みたいね。友達が飼っている犬を思い出すわ」


 馬鹿にされているのか褒められているのか分からず、ロザリーはクロエを見上げた。


 毎日、こんな感じでケイティとともに、令嬢教育が行われている。

 お茶会の作法、夜会の作法。それからダンスレッスンに、会話術。多くの教師が呼ばれ、ロザリーは毎日頭がパンクする勢いで知識を詰め込まれている。

 クロエはたまに冷やかしにやって来ては、「休憩しましょう」と場を和ませ、一緒にお茶を飲んでくれる。


「うちの親戚筋は全部頭に入った?」


「なんとか」


「ならそろそろいいんじゃないの。お母様」


「そうね。国王様の謁見の許可もいただけそうなの。いよいよ、社交界デビューね」


 意気込むケイティに、にやにやと笑うクロエ。


「デビュタントは必ず王族と挨拶をするの。国王様からお言葉をいただいて、初めて貴族令嬢として認められるわけ」


「本当ですか? が、がんばりますっ!」


 ようやく王城に入ることができると、ロザリーにも気合いが入る。

 

(叶うならば、ザック様の姿を見ることができますように)


 ロザリーは手をギュッと握って祈った。



 ザックは夜会の準備に追われていた。

 あれから、ザックは内密に造幣局長サイラス・ウィストン伯爵について調べた。

 かつて、ウィストン伯爵家は資産家として有名だったが、先代の浪費がたたって、サイラスが成人するころはかつかつの暮らしだったようだ。小太りの男で年は四十一歳。学術院時代の成績は中の下だ。

卒業からずっと造幣局でコツコツと働いていたが、今より十年ほど前から急に羽振りがよくなり、出世コースに乗りだした。局長に就任したのが五年前だ。


「為替レートが下がったのは彼が局長になってからなんだよな」


 どうにもうさん臭さを感じて、ザックは報告書をみやる。

 彼は派閥としては中立派だ。だが、多くの場合にアンスバッハ派の支持をしている。

 この夜会で、アンスバッハ侯爵とサイラスのつながりに関して何か分かればとも思っていた。


 そして、夜会当日がやってくる。

 会場は城の大広間。すでに楽団は定位置につき、音楽を奏でている。定例の夜会ではあるが、貴族議員はおおむね参加していて、ザックのお目当てであるウィストン伯爵の姿もあった。調書によるとウィストン伯爵は妻を数年前に亡くしているらしく、ひとりで出席しているようだ。


 どう声をかけようかと考えあぐねているうちに、本日が社交界デビューだという令嬢たちが、国王への謁見を済ませて入ってくる。

 皆一様に白いイブニングドレスに身を包み、同伴者である父親の手を取り、恥ずかしそうに微笑みを浮かべていた。

 いつものようにさらりと視線を送ったザックは、その中に、ひときわ背の低い少女を見つけ、頭が真っ白になった。しかも、彼女のエスコート役はイートン伯爵だ。


「ロッ……」


 ザックは息が止まった。本当に数秒は呼吸ができないくらいに驚いた。

 デビュタントたちは、エスコートしてくれた同伴者と最初のダンスを踊る。ロザリーが小さい体ながらクルクルと踊るのを、ザックは息を詰めて見つめていた。


「うちの秘蔵っ子はどうだい」


 いつの間にかケネスが隣に立っていた。にやにやと締まりのない顔で笑っているので、足を踏みつけてやりたい衝動に駆られる。


「お前……、よくもぬけぬけと」


「もともと、ルイス男爵には社交界デビューさせるとお約束していたからね。かわいいだろう? 小柄ながら運動神経は悪くない。化粧をするだけで印象はけた違いに変わる」


 たしかに、そこにいたロザリーは相変わらずの小さい体だが、ちゃんと、本当に綺麗な女性なのだ。

 ふわふわとしたかわいらしい雰囲気は残したまま、令嬢として不足のない所作をしっかり身に着けていた。ザックは今すぐにでもイートン伯爵からエスコート役を奪いたいくらいだった。


 自分が声をかけては目立つと、ザックは必死に口を真一文字に引き結んでいたが、ロザリーの方は踊りながらちら、とこちらを盗み見ている。

 その顔にはとても心配していたのだと、書いてあった。

 分かりやすく表情が豊かで、心根の優しいその少女は、やはりザックにとって癒しなのだ。ザックは王都に戻ってからずっと抱え込んできた心の課題を、一瞬すっかり忘れてロザリーに見入っていた。


 やがて一曲目が終わると、この場にいる唯一の王族ということでザックのもとに挨拶の列ができる。

 大抵は父親の身分順であり、わりに早い段階でイートン伯爵は彼女を連れてザックの側へとやって来た。


「アイザック王子。我が家でお預かりしているロザリンド・ルイス男爵令嬢です。以後お見知りおきを」


 イートン伯爵に紹介され、ザックは型通りに「可愛らしい令嬢ですね。はじめまして。アイザック・ボールドウィンです。以後よろしく」と挨拶をする。

 これで初めて、ロザリーが口を開くことを許されるのだ。


「お目にかかれて嬉しく思います。ロザリンド・ルイスと申します。アイザック様におかれましては……」


 震えていたロザリーの声が、やがて止まった。ザックは焦って彼女をのぞきこむと、その大きな瞳からポロリポロリと涙を落としている。


「え、あ。おい……」


 ザックは思わず放心して、彼女に手を伸ばそうとする。


 隣にいたイートン伯爵が気付き、彼女の背中に手をやる。


「ロザリンド嬢。どうした? どうやら緊張して感極まってしまったようです。申し訳ない、ザック様。またあとで」


 声を出さずに泣きながらうなずくロザリーを連れて行くイートン伯爵。その後を追うように、ケネスが大広間から出て行った。

 続いてあいさつにやって来た令嬢と対面しながらも、ザックはその令嬢の名前も顔も何ひとつ覚えられなかった。ただ、先ほどのロザリーの泣き顔が、頭から離れなかったのだ。


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