王都からの珍客・1
イートン伯爵領アイビーヒルの老舗旅館・切り株亭は、今日も食堂目当ての客でにぎわっている。
ロザリーは現在食堂の接客担当をしていて、大忙しで動き回っていた。白いエプロンがひらひらとはためいて、ふわふわの金髪と相まって彼女の周りだけ重力が軽そうに見える。
「ロザリーちゃん、こっち注文」
「はぁい!」
既にロザリーの名は失せもの探しの令嬢として、街中に知れ渡っている。食堂の客に名指しで呼ばれて慌てて向かう。
「森の恵みのシチューと、石釜パンですね」
「もりもりサラダもつけて」
「はい!」
レイモンドの絶品料理のおかげで、宿に空き室はあっても、食堂は大盛況。従業員は休む間もなく大忙しだ。
そんなお昼のピーク真っただ中に、男性のふたり組が入ってきた。
「失せもの探しのお嬢さんがいるってぇ宿はここかい?」
ロザリーはぱちくりと瞬きをして、レイモンドに視線を投げる。
「合ってるよ。合ってるけど、今忙しいんだ。失せもの探しをしている暇はない。お客さん、悪いけど、ちょっと座って待っていてくれないか」
レイモンドが答えている間も、ロザリーは客の間を行ったり来たりだ。
ふたり組の男たちは顔を見合わせ、「そうだな。じゃあ昼飯でもいただこうか」と席に着く。
どちらも二十代と思しき青年だ。ひとりはおでこが見えるほどの短い茶髪で、もうひとりが金髪のサラサラ髪を結っている。旅姿ではあるが、しっかりした体格から、それなりに鍛えた人物であることはうかがえる。
「申し訳ないです。落ち着いたら聞きに来ますね」
ロザリーがふたりに声をかけると、ふたりは顔を見合わせ、「もしかして君が?」と不審そうに問いかける。
「はい!」
子どもみたいな身長に、あどけない笑顔。これが噂に聞いた失せもの捜しの令嬢……?と、ふたりは不安になりながら彼女が注文を聞いたり運んだりしているのを見ていた。
やがて、チェルシーが食堂担当として加わり、ロザリーを上回る素早い動きで注文を片付けていく。
食堂の処理速度が一気に上がり、ピーク時間を過ぎたこともあって、あっという間に溜まっていた洗い物も片付いた。
手の空いたロザリーは、待たせていたふたりのもとへ向かう。
「すみません。お待たせしました。私、ロザリーと言います。探し物はなんですか?」
ふたりは一度顔を見合わせ、茶髪のほうが口を開く。
「捜しているのは人なんだ。いい身なりをしていて、黒髪の二十二歳の男性だ。身長は百九十センチ前後、ぱっと人目を引くような整った顔をしているが、身を隠すのがうまい。瞳は緑色だな。名前はおそらく偽名を使っていると思うんだが」
「それって……」
聞いている間から、ロザリーはサーっと青ざめる。
匂いを嗅ぐまでもなく、外見の条件だけで、捜し人はザックでビンゴだ。
街の人には秘密だが、毎日のように切り株亭にやって来る貴族のザックは実はこの国の第二王子なのだ。本名はアイザック・ボールドウィン。
母親が侍女上がりで、王子ではあるものの、なかなかに虐げられた暮らしをしてきたらしい。
王太子である第一王子が病気がちなため、次期国王と目されていて、それゆえに命を狙われることもあるらしく、彼は現在、ここへ逃げてきているのだ。
ロザリーは迷う。
ザックを捜す人間はおそらく彼の敵だ。だとすれば、どうにかして誤魔化して帰ってもらわなければ。
ロザリーが内心で意気込んでいると、金髪の彼のほうがさらりと前髪をかきあげながら言った。
「君は匂いで人を捜せると聞いた。だから彼の私物を持ってきたんだ。かれこれ一年ほど経っているので香りが残っているかどうかは怪しいんだが」
差し出されたのは腕輪だ。ザックの瞳の色を思わせる緑色の宝石がはめ込まれたもので、鷹のレリーフが彫られている。
軽く鼻を近づけて嗅いでみると、白檀がうっすら香った。たしかにザックのものだと思う。
だけど、どうしてこの人たちはザックの私物を持っているのか。
敵か? 味方か?
やっぱり判断がつかない。
それにひとつ、気になることもあった。
「あの……おふたりはどこからいらっしゃったんですか?」
「王都だが?」
「……私が匂いで失せもの探しをするなんて、王都で噂になっているんですか?」
ロザリーは疑問をそのままぶつけてみた。
失せもの探しがアイビーヒルの中で有名なのはわかる。近隣の町くらいになら噂が伝わることもあるだろう。しかし、王都はここから馬車で六時間ほどかかる。噂というものは行商人などの行き来によって広がるものだが、途中で情報が欠損することや正確じゃない情報が付随するのが当たり前。そこまで正確に伝わることは稀だ。
仮に正確に情報が伝わっていたとしても、どうして王都から離れたここでザックを捜せると思うのか。
ある程度ザックの居場所にあたりを付けていなければ、ここへは来ないだろう。
そしてこの場所まで分かっているのなら、ザックの居場所を当てるのは簡単なはずなのだ。何せ、彼が最も懇意にしているイートン伯爵の屋敷がここにはある。ロザリーを頼るより先に、イートン伯爵邸を訪れたほうが早い。
「そ、それは、……その」
ふたりの依頼人は困ったように顔を見合わせた。
内心、しまったと思っているのが伝わってくる。やがて諦めたように茶髪のほうが話し出した。
「実は、内々に教えていただいたのです。彼を呼び戻したいのならば、アイビーヒルの失せもの探しのお嬢さんを頼るようにと」
「誰にですか?」
「それは……」
「おやおや、どこかで見たことのある顔だな。バーナード侯爵の屋敷でだったか」
悠々とした声が背中にかかる。ロザリーが顔をあげると、そこにはケネスとザックがいた。