光明、差し込む?・4
平民街を抜け、更に貴族街もどんどん奥へと進んでいく。平民街と違って、貴族街は道幅が広い。馬車で移動する人が多いからだろう。平民街では大通りしか通れない馬車が、二台すれ違うこともできた。
ロザリーは感心しながら窓の外を眺めていた。レイモンドは普段乗ることのない豪華な馬車に居心地が悪そうに小さくなっている。
やがて馬車が止まり、ケネスはシルクハットをかぶり直してこちらを向いた。
「さて。ここがうちのタウンハウスだよ。ようこそ」
手を引かれて降りたロザリーは、その素晴らしい建物に目を奪われた。
アイビーヒルにある屋敷より敷地こそ狭いが、庭の木々は見る人の視線移動まで計算されているように、玄関まで何かしらの花が咲いている。
灰白色の石で作られた外壁は、素材が歴史を感じさせつつも、隙間にコケなどが生えることもなく、綺麗に掃除されている。玄関には木彫りの細工が施されており、伯爵家の紋章が中央に円形にはめこまれていた。
「おかえりなさいませ、ケネス様。お客様もようこそお越しくださいました」
出迎えてくれるのは、四十代くらいの執事だ。ぴしりと伸びた背筋をそのまま会釈しつつ、ちらりとロザリーとレイモンドを見て怪訝そうな表情をした。
「初めまして、ロザリンド・ルイスと申します」
「ウィル、彼女はルイス男爵家のご令嬢だ。こちらはレイモンド。アイビーヒルの料理人だ。彼にはしばらくここで料理人として働いてもらう。今日の夕飯は彼の料理が食べたいんだ。頼むぞ」
「かしこまりました。ロザリンド様、レイモンド。私は執事を任されております、ウィリアム・ターナーと申します。ウィルとお呼びください」
「よろしくお願いします」
ロザリーとレイモンドはそろって頭を下げ、そのあと、ウィルは従僕を呼びつけ、レイモンドを厨房に案内するように告げた。
「レイモンド殿には、使用人用の一室を与えるように」という言葉に頷いた従僕に連れられて、レイモンドは荷物を自分でもって歩いていく。
「ロザリンド様のお荷物はこちらですね」
とウィルに言われて、「あ、私、自分で持てます」と手を伸ばしたロザリーに、思いもかけないことが起こった。
ケネスが、その伸ばした手をパシンと叩いたのだ。
「え?」
「言っただろう? スパルタでいくと。ロザリー、令嬢は執事に運ばせるので正解だよ。君はあくまでも優雅に、上品に歩くことに集中して」
「は、はいっ」
改めて気を引き締めて前を向くと、バタバタという足音が上から響いてくる。
「お兄様、お帰りになったのね?」
茶色の髪の美しい女性が、階段を駆け下りてくる。
顔つきはケネスとよく似ていた。ぱっちりとした目に軽く頬を染めて、同じ女性であるロザリーも目を奪われる。
「クロエ!」
飛び込んできた彼女を、ケネスは両腕で抱きとめる。
ロザリーは驚きつつも彼女をじっと見つめた
年はロザリーよりも上に見える。だが、兄に飛びつくといった態度は子どもがするもので、そう考えれば見た目よりは幼いのかもしれない。
「クロエ。伯爵令嬢がはしたないよ。ロザリー、俺の妹だ。クロエ・イートン。十七歳。君よりひとつ年上だね」
「はじめまして。クロエと申します」
クロエはケネスから離れ、ドレスの両脇をつまんで淑女の礼をとる。さっきまで子供のようだったのに、一瞬で気品にあふれた令嬢の雰囲気をまとった。
柔らかそうなほっぺに、くりっとした瞳。はっと息を飲むような美人だ。
ケネスに妹がいるなんて知らなかった。おそらく、ずっとタウンハウスで暮らしているのだろう。アイビーヒルでは一度も見たことが無い。
今日のロザリーの服は、若草色のワンピースだ。まるきり作業用で、伯爵家への訪問にふさわしい格好ではなかったが、精いっぱい礼だけは尽くそうと腰を屈めて挨拶をした。
「初めてお目にかかります。ロザリンド・ルイスと申します」
「ルイス男爵家のご令嬢だよ。アイビーヒルで懇意にしていたんだ」
ケネスがロザリーの隣に立ち、補足してくれた。……と、クロエの瞳から先ほどまでの輝きがすうっと消える。
「……なぁんだ。田舎の男爵令嬢ですか」
態度の変化に鳥肌がたつ。さっきまでとても可愛らしかった令嬢が、急に冷めた目つきになり、ロザリーから引き離すようにケネスの腕にしがみついた。
「あ、あの」
「お兄様にはふさわしくありません! どうぞお帰りください」
どうやらケネスの恋人と間違えられたようだ。そのうえ、一目でふさわしくないと断じられ、ロザリーは少しばかりショックを受ける。