光明、差し込む?・3
だが、事態は思うように進まなかった。
ザックが頻繁に手紙を出していることに、アンスバッハ侯爵の腹心の部下である二ールベン子爵が気付いたのだ。
「これはこれはアイザック様。恋しいお方でもおられるのかな?」
「いや? 休職期間にお世話になったお礼を送っているだけです」
ザックはそう言ったが、できているようでできていないポーカーフェイスに、手紙を送る相手が特別な相手であることはたやすく想像がつく。
それで、ザックはロザリーに【しばらく連絡が取れなくなるが心配しないで】という内容の手紙を書いて、ケネスに託したのだ。
「……ちょ、ちょっと待ってください。そんな内容の手紙受け取ってませんけど」
ケネスの説明に水を差すのは恐縮だが、そこははっきりさせておきたい。そんな手紙をもらえば、さすがのロザリーだってもう少しおとなしく待っている。
「そうだろうね。その手紙は俺の手元にある。一存で出していないんだ」
何の悪気もないようにケネスがするりと言うので、ロザリーは怒ったらいいのか分からなくなった。
「どうしてですか?」
「……大切な人を危険から遠ざけようとするのは美談かもしれないけれど、俺はそれがザックの悪い癖だと思っている。俺はむしろ、君を巻き込むべきだと思うんだよ。それを進言して、ザックと喧嘩になって。今俺は無職なわけ」
ははは、と笑われたが、ロザリーもレイモンドも開いた口が塞がらない。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! それじゃ、ザック様は今王城で味方もなしにひとりなんですか?」
ケネスが傍にいたときでさえ、疲れ果てて精神を病んでいた彼が、ひとりで立ち向かっていると思ったら泣きそうだ。見放したケネスに恨み節を言いたくなる。
「一応父上やバーナード侯爵がいるからね。孤立無援というわけじゃないよ。ただ俺は、ザックの言うことが聞けないから、部下としては失格だから執務補佐を辞めてきたってだけだよ」
「だけ……って」
ケネスの中では理屈が通っているのだろうが、ロザリーはザックが心配だ。手の届くところにいてくれたら、少しでも助けたいのに、今のロザリーは王城の中に入ることさえできない。
「どうしたらザック様に会えますか? ちゃんと元気でいるのか心配です。ケネス様、さっさと謝ってザック様のもとに戻ってくださいよー!」
「いずれは戻るつもりでいるよ。でも俺ひとりで戻ったって意味がないだろうっていう話だよ。そのためにこの一ヶ月、俺は下準備をしていたわけで」
ちょうど連絡が取れなくなってから一ヶ月ほど経つ。手紙が来ないのも、あたり前だったのだ。ザック自身は、手紙を出せないことを伝えていたつもりだったのだから。
「俺は君を社交界デビューさせて、ザックの側まで連れて行くつもりでいる。ザックも覚悟を決めて、大切な人がいるなら懐に入れて守ればいいんだ。中途半端に距離を置いて、失敗した例があるってのに」
「失敗した例?」
「お母上のことだよ。第二王妃カイラ様。彼女が孤独を深めたのは何も国王だけのせいじゃない。ザックが早く一人前になろうとして、彼女の手から離れたからだ」
ロザリーはザックの母親の第二王妃のことはよく知らない。けれど、心を病んで夢遊病になっているという話は聞いていた。
「そう……なんですね」
「好き合ってるんだから、互いに必要なんだろ? だったら離れていちゃだめだ。ザックの手紙を君のもとへ送らなかったのは、君の覚悟も確かめたかったからだよ。もし突然連絡が途絶えたら、君がどうするつもりなのか知りたかった。俺が使者を送る前に王都に出てきてくれたこと、本当にうれしく思うよ」
「ケネス様」
さっきは一瞬怒りたくなったが、ケネスが他の誰よりもザックを案じているのは明らかだ。
怒りの感情は直ぐになりをひそめ、静かな感謝が沸き上がってくる。
「ケネス様。本当に私を社交界デビューさせていただけるんですか?」
「ああ。そうなれば君は俺たちと一緒に王城やほかの貴族の夜会に出向くことができる。ザックに会えるんだ」
「でしたら、頑張ります。ザック様の傍に行きたいです」
ロザリーがぱっと顔を晴れ渡らせると、ケネスがにやりと、少し意地の悪い笑みを見せる。
「この一ヶ月のうちにいろいろ手配をさせてもらった。ルイス男爵からも承諾を得ているし、父にも後見になってもらう手筈はついている。あとは君の令嬢教育ってところだね。スパルタになるけど、覚悟してね」
「あ……」
たしかに、ある程度教育されているとはいえ、ロザリーの所作は令嬢にしてはガサツだ。田舎の屋敷だったから、自由にしていても怒られなかったし、いざ本格的に令嬢教育をしようとしたタイミングで両親が事故で死んでしまった。
優雅に笑うケネスを見て、ロザリーはサーっと青ざめ、途方に暮れた。