光明、差し込む?・2
突然のケネスの歓迎についていけていないロザリーは、馬車の中で事の経緯を聞いた。
「俺はイートン伯爵邸の門番に手紙を預けて、そのままオルコット子爵家に向かったんだ。相変わらずの門前払いで、オードリーの姿もクリスの姿も見ることはできなかった。諦めて帰ろうとしたとき、うしろからこの馬車がやって来たんだよ。何事かと思ったら、ケネス様が出てきて、開いた口が塞がらなかった」
「俺は手紙を受け取ってすぐ、門番に届けに来た人物の特徴を聞いたんだ。どう考えてもレイモンドっぽかったから、オルコット子爵家に行けば会えるかなって当りを付けたんだよ。大正解だった」
レイモンドの言にケネスが続ける。ケネスは足を組んで、姿勢を正した。
「だが、話を聞いてみたら、反対されているんだってな」
ははは、と笑われて、レイモンドは嫌そうな顔で頭を抱えた。
「笑い事じゃないんですって。迎えに来たつもりが、顔さえ見れないなんて」
「オルコット家とうちはあまり交流が無いんだけどね。一緒に出席する夜会はないわけじゃない。協力してやるからそう落ち込むなよ」
レイモンドは顔をしかめていたが、背に腹は代えられないのか、「お願いします」と殊勝に頭を下げた。
すると嬉しそうに身を乗り出し、「代わりに、君には滞在中、うちの料理人として働いてほしいんだ。今いるシェフにレシピの提供もすること。いいかい?」とケネスが笑う。
「はあ。でも、ぽっと出の俺と一緒に仕事をするなんて、嫌らがれるんじゃないですか? 伯爵家の料理人だったら、ものすごい修行していたり家柄が良かったりするんでしょう?」
「それを黙らせるのは実力だよ。まずは一度料理を作って、みんなに食べてもらうんだ。なあに、俺の舌が認めた味だ。みんなも気に入るに決まっている」
「そんな無茶を……。でも正直、仕事があるのは助かります。ただで伯爵家に厄介になるなんて、とてもじゃないが心臓が持たないんで」
レイモンドとしては、オードリーに会うまでも長期戦になりそうな気配だったので、とりあえず仕事を見つけなければと思っていたところだ。この申し出は渡りに船といえる。
「そういうわけで、レイモンドにはしばらく住み込みでうちで働いてもらおうと思うんだ。ロザリー嬢もうちにおいで。元々、君を連れてくるつもりだったから準備はできてる」
「私を?」
「ああ。君をうちで預かって社交界デビューさせようと思って」
それは思いがけない申し出だった。一瞬頭が真っ白になったロザリーは、そのあと、馬車内に響き渡る声で「ええええええええぇー!」と叫んだのだった。
*
ケネスの話をまとめるとこうだ。
ザックとともに城に戻ったケネスは、第二王子執務補佐という形で、ザックの下につくこととなった。
一年以上、所在を明らかにしていなかったザックへの対応は、二通りに別れる。「お待ちしていました」と歓迎するものと、「今頃やって来てなんだ」という批判をするもの。
実際執務を放り投げていたのは事実なので、ザックもケネスも批判は甘んじて受け続けた。成果はこれから出すものであり、それを出すまで大きな口をたたく権利はないだろう、と。
特にひどいのがアンスバッハ侯爵――第一王妃の兄にあたる人物だ。
一応王子に対してだから言葉遣いこそちゃんとしているが、病床についている第一王子と事あるごとに比べ、嘆かわしいとため息をつく。
ケネスにしてみれば、元気だったころの第一王子だって、執務はこなすが、特別な才能を見せていたわけではない。まして、病気となり寝込んでいる今は無能だとさえ言えると思うのだが、口に出せば不敬となるため、仕方なく口もとに緩やかな笑みを浮かべてやり過ごしていた。
ザックは、貴族議会に戻り、昨今の市場不安の原因を探るために動き始めていた。
自身の母親である第二王妃や、国王、第一王子への見舞いなどもこまめに行っている。
一年間の不在を取り戻すような精力的な活動に、ケネスは感心していたが、一方で彼にストレスが溜まっているのも見て取れた。
そんな彼が唯一気を抜いた表情になるのが、ロザリーからの手紙が届いたときだ。
そして翌朝には必ずケネスに返事を出すよう頼みに来る。
ケネスはそれを、いい兆候だと思っていた。
変に真面目なところがあるザックは、ある意味でのめり込みやすい。権謀術数に長けた長老たちに真正面から向かっていってもろくなことが無いとケネスは思うのだが、割合直接的に物事を進めたがるのだ。
悪意にも真っ向から立ち向かっていく彼は、当然のごとく思い切り悪意を浴び、ひたすらに疲労していく。
だからこそ一年前、ケネスはここにいてはザックの精神が病んでしまうとアイビーヒルに連れ出したのだ。
しかし今回は、ロザリーと手紙でつながっている。癒しがある状態ならば、ザックも以前ほど追い詰められた状態にはなるまいと思えた。