光明、差し込む?・1
その夜、戻ってきたレイモンドはすっかり落ち込んでいた。
一緒に併設の食堂で夕食を取っているが、目の前の皿があまり減っていかない。まあ、あまりおいしくないという理由もあるけれど。
「駄目だ。完全に門前払いだった。執事らしき男が出て、オードリーには別な縁談があるんだから会わせるわけにはいかないってな」
オードリーにもクリスにも、それどころかオルコット夫妻に会うことすら叶わなかったのだという。
「私も、王城にははいれませんでした。よく考えれば当たり前なんですけど、伝手がないと入城するだけでも無理そうなんです」
心配のあまり、細かな段取りなど考えなかった、とロザリーは自分の浅はかさを呪う。
行けばなんとかなるなんて、楽観的過ぎた。
ふたりはしばし沈黙し、考え込んだ。全く伝手がないわけではない。ただ迷惑をかけるのが心苦しいだけだ。しかし、せめて無事だけでも確かめたいので、最後の手段に頼ることにする。
「ケネス様に、手紙を書きます」
「えっ?」
「お手を煩わせるのは申し訳ないですが、頼れる人はケネス様しかいませんもの」
イートン伯爵のタウンハウスの住所は知っている。これまでも、ケネスのもとに手紙を届けてからザックに渡してもらっていたのだ。住所と街の地図を照らし合わせると、街の北側、貴族街の中央あたりに位置している。男爵令嬢として手紙を書けば、門前払いされることもなくケネスのもとまでは届くだろう。
そうなれば彼が手を差し伸べてくれるはずだ。
「まあ……そうだな。会えませんでした、で帰るわけにもいかないしな」
「オードリーさんの義理のご両親は子爵なんですよね。でしたらイートン伯爵のお力添えをいただくこともできるかもしれません」
図々しい願いなのは百も承知だがな、と付け加えて、レイモンドも頷いた。
食事を終えた後、ロザリーは宿の主人に頼んで、便箋と封筒を分けてもらった。
部屋に戻り、数少ない便箋を無駄遣いしないように、頭の中で何度も文章を考えてから書き出す。
【ケネス様。ザック様からの連絡が途絶えて心配しております。どうかお力をお貸しください。現在城下町のダンデライオンという宿にいます。
ロザリンド・ルイス】
たくさん文章を考えたはずなのに、書いてみればシンプルな内容になってしまった。
封蝋が無いので怪しまれるかもしれないと、封筒にしっかり名前を書く。
翌朝、手紙ができたことを伝えると、レイモンドがひょいと封筒を奪い取り、「届けに行く」と言った。
「え、でも」
「男爵令嬢として書いたんだろ? 自分で手紙を届けに行く令嬢なんて聞いたことねぇよ。使いなら俺のほうが似合いだろう」
「それは……そうなんです?」
たしかに、この距離で郵便配達人を頼むのももったいない。ではお願いします、と頭を下げ、張り切って出ていくレイモンドを見送った。
残されたロザリーは手持無沙汰になってしまった。
宿だと思うと手伝いをしたくなってしまうが、この宿には潤沢に従業員がいる。
でもじっとしているとうずうずしてしまう自分を止められない。仕方なく、出かけることにした。
昨日は新しいにおいばかりで興奮してしまったので、もう少し落ち着いて王都の城下町を観察するためだ。
宿からまっすぐ市場へと向かう。
朝だからか、夕方近くに訪れた昨日よりも活気づいていた。商品を売り込む声があちこちから響いてくる。
「いらっしゃい、安いよ、安いよ!」
呼び込みに惹かれて覗いてみるも、見た目にも鮮度がいまいちそうな果物が並んでいる。なのに値段は高額だ。王都だからアイビーヒルに比べて物価が高いのはわかるけれど、鮮度まで落ちているのはいただけない。
「田舎町のほうがおいしいものが食べられるのかも。畑は直ぐ近くにあるから新鮮だもんね」
けれども王都の市場にはいろいろな種類の食材が集まってくるようだ。見たこともない野菜がいっぱい並んでいる。レイモンドならば、この食材をどう調理するのだろうと、ロザリーは想像しながら歩く。
ひと通り見終わったあたりで、ふいにクリスに似た香りを嗅ぎつけ、あたりをきょろきょろと見回した。けれど、あの長いまっすぐなこげ茶の髪はどこにも見当たらなかった。
「気のせいかな」
レイモンドの話だと、オードリーの死んだ夫の家は裕福な子爵家らしい。家は貴族街にあるのだから、こんな平民街の市場に来るはずがない。
トボトボと歩き出したとき、目を奪われるような豪華な装飾が施された馬車が目の前を通った。どう見ても平民のものではない。貴族の中でもそれなりの経済力を持った家の持ち物だろう。
呆気に取られて見送っていると、馬車は急にスピードを落とし、十メートルほど先で止まった。
扉が勢いよく開き、転びそうな状態でレイモンドが飛び出してくる。
「レイモンドさん?」
「ロザリー、あのな……」
「やあ、ロザリー嬢。久しぶりだね。手紙をありがとう」
後ろから悠然と下りてくるのはケネスだ。フロックコートにシルクハットとアイビーヒルにいたときよりもおしゃれに決めている。
「ケネス様!」
届けたとしても、執事が受け取るのだから返事は早くても明日だと思っていたので、ロザリーは驚きを隠せない。
ロザリーが駆け寄っていくと、ケネスは二ヵ月前と変わらない笑顔で彼女を迎えた。
「気になってはいたんだ。ザックからの手紙が途絶えて、心配しているかなと」
「そ、そうなんです。それで私」
「もともと、君を迎えにやるつもりだったんだよ。ただ下準備に手間取っちゃってね。使者を送り出せたのが昨日だったんだ。今頃、アイビーヒルの伯爵邸で、使者が困っているのが目に浮かぶね」
ケネスは、にっこり笑うとウィンクする。
「加えて、レイモンドまで来てるなんて、俺はなんてラッキーなんだ。さあふたりとも、荷物をまとめて伯爵邸に向かうとしよう」
「え、あ、あの」
ケネスの話の内容が理解できる前に、ロザリーは馬車に乗せられ、そのまま宿屋まで強制送還された。
そして連泊予定だった部屋をキャンセルし、荷物を引き上げてイートン伯爵のタウンハウスへと向かったのだ。