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3-2 浮気って何が悪いの?

 王城の庭の端には、鉄でできた屋根と、その下に椅子があるスペースがある。いわゆる日本の公園にあるあずまやの、西洋風のものだ。これをガゼボと言う。

 ここは人影がなく実に静かな場所であり、大声で騒がない限り衛兵もこの場所で会話をしていることに気付けない。

 そんな場所でリックを連れて、私は前シルビに言い寄っていた大臣と話をする。彼は自分の利益に目ざとい分話が通じる人間だ。うまく弱味を握ることもできたので、これからも役に立ってくれるだろう。

 大臣と話を終えると、彼はそそくさと私の元から去って行った。

 私は、会話中に飲み切ることのできなかった紅茶を飲んでいると……ミロシュの姿を見つけた。

「あら。ミロシュ王子。ごきげんよう」

「おや。ごきげんようサラ」

「そういえば最近クリスタルの姿を見ないようだけれど……別れたのかしら?」

「いいや。俺は別れたつもりはないぞ? 何故か最近会わないがな」

「何故か……ねぇ」

 私が返事を返すと、木からふらりと人影が見えた。それが誰なのか分かった私は、声をかける。

「クリスタル。ミロシュ王子に話があるならば、声をかけたらどうかしら」

 ミロシュは振り返り、クリスタルを見つけた。彼女は一度びくりと震えて、ぶつぶつと何かを呟く。

 ミロシュが何を言ったのか聞き返そうと口を開いた時、クリスタルはずかずかと近寄ってきて袖をまくり、腕をミロシュに見せつけた。


 その腕は……。ナイフで切ったと思われる赤い線をびっしりとつけられていた。

「ねえ……ねえ! ねえ!! ミロシュ、他の子も好きなんだよね!? それでも私に愛しているって言うのよね……! 私、貴方のせいでこんな腕になったんだよ!? どうするの……!? どうしてくれるの……!?」

 ミロシュは、動揺して足元が揺らぐ。先程まで悠々と話していた姿とは打って変わり、この僅か数秒の間で汗が湧き出して、驚きと、絶望と、悲しみが混ざった表情をしている。

「まさか予想してなかったの!? 貴方が行ったことでこうなるって!」

「や、……いや、俺は、そんな……予想なんて……できるわけが……」

「そんなわけないでしょう! 分かっていたんでしょう! 私が傷ついてもよかったんでしょう!」

「ちが、違う。違う違う違う違う違う!」

 ミロシュは汗を飛ばしながら首を強く振った。

「当たり前じゃないか。立場ある人間が複数の恋人を作ることぐらい。昔は当たり前だっただろう! 何故今は非難されるというんだ!!」

「ミロシュ……ミロシュうぅぅぅぅぅぅ!!!!」

 クリスタルは懐からナイフを取り出すとミロシュに向けて、走り出した。

「ミロシュ王子!」

 その時、話を黙って聞いていたリックが二人の間で両腕を開いた。ナイフは、リックの腹へと吸い込まれていく。

「何しているの! リック!」

 私は机を叩いて立ち上がると、クリスタルを突飛ばした。

 尻餅をつくクリスタル。溢れてくる赤い液体を見て、彼女は正気に戻ったようで、首を振って後ずさりをする。

「違う……私、そんなつもり……」

 その時、騒ぎを聞きつけた複数の衛兵がやってきて、クリスタルを取り押さえる。腕を掴まれてナイフを床に落としたクリスタルが、顔を真っ青にして叫ぶ。

「ミロシュぅぅぅ!!! あんたが悪いの!! あんたが!!!」

 その叫び声は、クリスタルが見えなくなるまで続いていった。

 怪我をしたリックも、衛兵に抱えられて医務室に連れていかれていく。残った衛兵はミロシュに怪我がないかを確認するが、ミロシュの返事はない。

 私が代わりにミロシュに一切怪我がないことを話したとき、クリスタルの泣き叫ぶ声が聞こえて、衛兵はミロシュを心配しながらも、クリスタルの元に駆けて行った。


 残ったのは、私とミロシュのただ二人。

 ミロシュは表情が固まったまま、力なく膝をついた。視線は地面を向けたまま、「違う……。俺は……こんなはず……」等、しどろもどろに呟き続ける。

 その言葉も尽きたのか、彼は、呟くように語り始める。

「十歳の時……。尊敬している父が浮気をしていると知った。馬鹿な俺はそれを母に伝えた母は泣いていただが父に何もしなかった。おかしいと思った間違っていると……! だが俺が初めて付き合った彼女は、俺と一緒に他の人と付き合っていた。……苦しかったさ! 何度も吐いたさ! 何にも手が付かなかった! その時言われたんだ。『これぐらい王族でいるならば当たり前にあることだ』と」

 涙を零して、自分自身に言い訳するように空を見上げた。

「当たり前なんだろう! なあそうだろう! そうに決まっている! そうじゃないとおかしい! そうじゃないと……嫌だ……」

 最後は願望のようになったミロシュ言葉。私は彼に近寄ると、頭上から言葉をかける。

「私はね、別に浮気してもいいと思うわよ。私がされるのは嫌だけれど、私以外が何しようか関係ないもの。ただ……『俺が幸せならばそれでいい』と言っていたわね。私は貴方が幸せに見えないわ」

 私の言葉に、返事はない。だから一方的に続ける。

「貴方は、幸せなの?」

 私の問いに対して、ミロシュは唖然とした表情を続けるだけだった。返答はないものだと諦めかけたその時、彼は震える声で答えた。

「……苦しい」

 その顔は、他人がいくら不幸でもどうでもいいという顔には見えなかった。

「……貴方は、リックが傷つくことを言って謝罪をし、クリスタルが傷ついて苦しんでいる。悪い人間でいるのも才能がいるの。貴方、人を傷つけることに向いてないわよ」


 それだけを言い去ろうとした時、クリスタルの持っていたナイフが目に入る。しゃがんで確かめてみると分かる。これは、王城の厨房にあるものだ。




 その夜。書庫にて。月明かりしかない中で、ランタンを片手に歩く人物が一人。私はその人物に、言葉をかける。

「探しているのはこれかしら?」

 人影……ヘレンが私へと振り返る。私はヘレンとミロシュ。二人の手紙を持ってひらひらして見せつけた。

「あ……あら。サラお嬢様。べ、別にそれを探したわけじゃないけれど、確かにそれは私とミロシュの大事なお手紙ですわ」

「ミロシュは初彼女に『浮気が当たり前』と唆された」

 私の言葉に、ヘレンは目を丸くする。私は更に続ける。

「クリスタルはヘレンとミロシュの関係があったから付き合い始めた。不自然に書庫に手紙が置いてあった。そしてクリスタルの持っていた包丁は貴方の働く厨房にあるもの。そしてヘレンの父は……ミロシュの叔父を王子にしたい。つまりは、ミロシュを廃位させたい」

 つらつらと語る私の言葉に対して、ヘレンは息をのむ。

「貴方だったのね。ミロシュに不慣れな事をさせて、クリスタルがミロシュを殺そうとするまで追い詰めたのは」

 冷や汗を流すヘレン。何か言い訳をしようとしたのか口を開くも、言葉が思い浮かばなかったようで、口を閉じる。

 私はそんなヘレンに構わず続ける。

「一つ言っておくけれど、私は私以外の人間が苦しんでいたってどうでもいいわ。それで他人が殺されようが、自殺しようが、私には関係ないし、貴方の誘いを受けたのはミロシュ以外の何者でもないのだから今回の件はミロシュの責任だとも思っているわ」

 私の言葉に安心したのか、ヘレンは小さく笑い声をあげた。

「はっ」

 その後の笑い声は、実に不愉快な程大きな笑い声だった。

「ははははは! あははははは!」

 ヘレンは目をきらきらと輝かせて、私の両手を取って恋人繋ぎで手を繋ぎ、屈託のない笑顔を向けた。

「そうですわよね! サラお嬢様はそういう人ですものね! よかったですわ! クリスタルも友情って顔をしておけば簡単に私のこと信頼してくれましたし、ミロシュ王子も王子の癖に本当、純情で! 私が浮気していると知ったら、すごく傷ついたみたいでばっっっかみたいでしたもの! で、新しい価値観を植え付けて、自滅を唆しましたわ! ミロシュ王子もクリスタルも簡単簡単! 第一王子がいなくなった今! もう少しでミロシュ王子を殺してお父様の願いを叶えることができる状態にまでなりましたの!」

 嬉しそうな表情もそこで終わり、ヘレンは悲し気な表情をする。

「でも惜しかったですわ。あの獣人がいなければ、ミロシュ王子を殺すことができたのに。私の計画の邪魔をしてくれたんだから、さっさと死んで欲しいですわ」

 その次は、再び嬉しそうな表情をこちらに向ける。

「サラお嬢様は他の人とは違いますわね! 私達いいお友達になれそうな気がしますの! 一緒にミロシュ王子を失脚させません!? お嬢様にも良いポジションを用意しますわ!」

「いやよ」

 三文字で断られることは予想外だったようで、ヘレンは驚いた表情を見せた。私は続ける。

「私が求めているのは、王妃。またはそれ同等の立場。貴方程度が用意できる立場で満足できないもの。おっさんの嫁も嫌よ。気分が乗らないもの。今私に一番必要なのは、あの馬鹿王子をたぶらかすこと。なんていうか貴方……邪魔なのよね。私の人生に」

 ヘレンの手を振り払って、私は微笑む。

「申し訳ないけれど、消えてくれないかしら?」

 私はヘレンに一歩近づくと、口元だけをいびつに吊り上げて、目は一切笑わずにじっとヘレンの瞳を覗いた。

 そして、ヘレンの背後にいたエルツォが……。




 こうして、ミロシュ王子の彼女二人は消えた。

 これで私がミロシュ王子の婚約者という立場になることができる。

 あの王子のことだ。兄よりもずっと簡単にコントロールすることができるだろう。

 だが……その前に、やることがある。




 私は医務室まで行くと、腹に包帯を巻いたリックの姿を見つけた。

 リックは私を見つけると立ち上がろうとするが、痛みで立つことができなかったようで、困ったように笑う。

 私はそんな彼を見下ろしながら問う。

「何故、ミロシュ王子を庇ったの? 貴方はミロシュ王子の事をあまり好きではないように見えたけれど」

 そう言うとリックは驚いた表情を見せて、何かを考えるように視線を下ろす。

「……僕は、貴方を殺そうとしたとき、間違えたと思いました。貴方という人間を、化け物みたいに思っていて、勝手に自分を正義だと思って貴方を殺そうとしたんです。でも、傍で見れば見る程、僕の正義であろうとして貴方を殺そうとした僕と変わらない、自分の欲求に正直なだけの人間に見えて……」

「……それで?」

「だから、今度こそ正しくありたいと思ったんです。どんな酷い人であっても、寄り添える人間になれるように」

「リック。貴方はクビよ」

「……へ?」

 目を丸くして驚くリック。私も驚いた。自分がこのようなことを口走るなんて。

私は動揺を抑えながらリックが口を開こうとする前に、医務室から出ていく。

「ま、待ってくださいよ!」

 止める声を完全に無視して、その場から去った。




 私は、その言葉を聞いてリックの傍にいたいと思った。

 こちらがからかうつもりが、本気でリックに惚れていたらしい。

 私は彼と出会ってから三人も人を殺めている。そんな私が彼にまともな人生を歩んでもらう方法は、拒絶することしかなかった。

 だから私は、リックをクビにした。




 それから三年。ミロシュと婚約した私は、権力を持ち異種族の立場改善に力を入れた。

 隣国とは未だ険悪で戦争間近と言われているが、隣国の異種族からの支持もあり、まあまだ戦争は起きていない。

 平等雇用法により、権力者にも異種族が見るようになった。

 そしてある日、平等雇用を増やすため権力者に会いに行くと、権力者の補佐に知った顔が見えた。


 獣耳をピンと立てて、私に純粋な微笑みを見せる彼を。

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