3-1 浮気って何が悪いの?
王子も、王子の惚れていたシルビも死んだ。
元々私は、王子の婚約者ということで王城に住んでいた。惰性的にまだ城に住んでいるが、そのうち城から追い出されてしまうかもしれない。
この城で権力を持ち続ける方法は、二つ。元婚約者の立場を使い、市民や貴族の心を掴むか……王子の弟に取り入るか。
早々に片方に絞るつもりはない。私は両方選択肢に入れて行動をしていくつもりだ。まずは王子の弟……ミロシュについて探りを入れる。
「ここだけの話、私とミロシュ王子は付き合っているんですよ」
「……そう」
ミロシュの噂話を聞いていると、そう答える司書がいた。名はクリスタル。種族はコウモリに近く背中には羽が生えているのだが、人間が崇高とされているこの世界では羽を服の中に隠している。
髪色は黒で、仕事ができるクールな雰囲気だ。
「私程度のコウモリが、ミロシュ王子とお話することもおこがましいのだけれど、友達のヘレンが王子と仲がよくて、それで私も仲良くなって……王子と付き合うことができたのですよ。……でも、この話は秘密にしておいてくださいね。お嬢様だけ特別です」
「分かったわ」
付き合っている彼女がいるならば、難しいかもしれない。そう考えながらも調査を続けていると……。
「実は私、ミロシュ王子と付き合っておりますの」
そう言って柔らかく笑うのは先程、ミロシュ王子と付き合っていると話していたクリスタルの友達であるはずの、ヘレンだ。
彼女はこの王城の料理人の一人。きれいな金髪をしており、耳が尖っている。これはエルフの特徴である。先ほどのクリスタルとは違い、おしとやかでふんわりとした雰囲気をしている。
「私の父親は、次期王はミロシュ王子の叔父になるべきと考え、色々と奮闘しておりましたの。その目的のためにミロシュ王子と仲良くなれと言われて私はミロシュ王子とお話をしていたのですが……。本気で好きになってしまいました。まさに禁断の恋ですわ……!」
「……そう」
「でも、この話は秘密にしておいてくださいね。お嬢様だけ特別ですので」
「分かったわ」
……思う事は色々とあるけれど。
ひとまず現状を考えると、少なくともミロシュは、二人と付き合っているということになる。しかもその付き合っている二人というのは友達であり……バレたら大変なことになる予感がする。
ミロシュの兄は私という存在がありながらシルビと付き合い、ミロシュは二人と付き合っている。血は争えないものね。
しかし、私が欲しいのは婚約者という立場。例え浮気性であれ、兄のようにヒーロイックに酔いしれて私を殺そうとしない限り、特に問題はない。
周りの評判を確認し終えた私は、ミロシュを私の部屋に呼び出して話をすることにした。
私の部屋でリックと一緒に待っていると、私はご機嫌な表情を浮かべて、リックに話しかける。
「リック。せっかくミロシュ王子が来たのだから、お菓子でも用意してくれればよかったのに。それに、私個人としても貴方の手作りのお菓子が食べたいわ」
「無理ですよ。王子が殺された事件のせいで、厨房の用具入れには鍵がかかっていて、担当以外は触れないんですから」
「じゃあ外で作ってきたら?」
「……そこまでしなければならないんですか……」
そんな会話をしていると、ノックの音が聞こえた。
部屋に入ってきたミロシュは、貴族として相応しい豪華な服を着たまま両手を広げて喜びのポーズを取る。
「こんばんは。本日は呼んでくれてありがとう」
軽く挨拶をした後、紅茶の置いてある机の席に二人で座る。近くには、リックを待機させている。
「美しき婚約者サラよ! おっと、今は元婚約者であったな。兄が死んで寂しかろう。その寂しさを俺が埋めようか?」
このミロシュという人間、死んだ実の兄の婚約者にも関わらず、自ら他の彼女を持っているにも関わらず、私に手を出す気満々であるという態度を取っている。
それもそのはず。ミロシュは兄のことが大嫌いである。何故かは知らないが、憎んでいるのではないかというレベルに。だから私のことも好きではないので、軽々しく口説けるのだろう。
それは別に構わない。
「ねぇ。貴方、城内に二人付き合っている人がいるわよね」
紅茶を口に含んだミロシュが噴き出した。その紅茶が私にかかった。
……ここは怒った方がいいのかしら。
私がそう考えていると、ミロシュは一呼吸置きにやりと笑ってみせた。
「浮気の何が悪いんだ?」
その言葉に対して、真っ先に反応したのはリックだ。
「はぁ……!? そんなの悪いに決まっているじゃないですか!」
本来ならば王子にこんなことを言える人物は城内にいないのだが、城に入ったばかりのリックはこれが普通ならば言いよどむ言葉だとも知らずに、不満をミロシュにぶつけた。
「悪いに決まっている。それは思考停止ではないのか? 何故悪いか説明できるのか?」
「そんなの……浮気された方が悲しむからです!」
リックの真剣な表情で言う言葉に対して、ミロシュは声をあげて笑い出す。
「はは! はははははははははははは!」
「何がおかしいんですか……」
怒りをあらわにしてミロシュの胸倉を掴むリック。ミロシュは続ける。
「相手がどう思おうと、俺は悲しまない。俺は俺が幸せならどうでもいい。それに王子と付き合えるんだ。例え浮気されていても、付き合いたいものだろう?」
「貴方……どうかしてますよ! 人は……正しくありたいものでしょう。人が傷ついていたら、自分を犠牲にしてでもなんとかしたいと思う。そんな想いを誰もが持っているものでしょう!」
ミロシュを睨めつけるリック。だが面白くてくすくすと笑った。
「いやはや、そんな子供じみた言葉をここで聞くことになるとはな。やはり、獣人は頭も獣なみなのか?」
「なっ……! なんですかその差別発言は……! 言っていいことと、悪い事がありますよ……!」
獣人として差別されてきたリックは、トラウマを抉られたのだろう。じわりと目に涙が浮かんだ。このままだと、涙を零してしまいそうだ。
それに気が付いたミロシュは……目を丸くした。その後あわあわと手を振り、視線を上にあげて考えると、音を鳴らして机を叩いた。
「ま、まあ……確かに獣人だからと言って知能が低いわけではないな。悪かったよ。だがまあ、浮気に関して俺は悪くないと思っているからな……!」
目を泳がせながら言うミロシュに対して、私はくすくすと笑い言う。
「ミロシュ。貴方何か勘違いしているみたいだけれど……。私は浮気をどうこう責めるつもりはないわ」
「……え?」
「けれどね、私が聞いたら分かるような浮気の仕方をしているのがいけないの。もしもきちんと彼女に口止めできるようになったら、私を口説いてちょうだい。私も貴方と付き合いたいと思っているの」
「……そ、そうか」
何故か私の言葉に動揺するミロシュ。まるで、誰かに浮気が何故ダメなのかを説明して欲しいかのように見えた。
しかし私にとっては、それだけ伝えられれば、ミロシュの婚約者を狙うと言う任務は終了だ。そこから雑談をして、ミロシュとの会話は終了した。
二週間後。リックが、やっと仕事に慣れてきた頃。
私がこの城で立場を得るための第二の手段。私が民衆に私を認めさせ、貴族としての立場を深めるための仲間を探していると……ミロシュ王子の恋人の一人である、クリスタルが涙を零しながら書庫から出てくるのが見えた。
ついにミロシュの浮気がバレたかと考え、書庫を覗いてみると……二枚の手紙が落ちていた。
持ち上げて読んでみると、内容はヘレンからミロシュへの愛のメッセージと、それに対してのミロシュの返事であった。
私は、何かの役に立つかもしれないと考え、それを懐にしまった。
それから、クリスタルの姿を見なくなった。
別に仕事を休んでいるわけでもないが、ずっと書庫に閉じこもっているらしい。
だが更に一週間後、事件が起きた。