2-2 貴方は偽善者 2
次の日。いつも通り公務のため書斎へと向かっている途中で、周りの人々が噂をする。シルビに対しての扱いの噂をが大半だが、他には裏で人を殺しているとか、人を苦しめて喜んでいるとか。大抵本当だから仕方がない。
その噂を楽し気に見ているのはシルビだ。
横目でシルビのにやついた表情を確認したその時……。
「大変……大変です……!」
背後から鎧から発される足音を大きく鳴らしながら、兵士が現れた。
「王子殺害現場に落ちていたものが、誰のものか分かりました!」
人々がざわついた声をあげる中、兵士は続ける。
「この髪飾り、シルビさんのものですよね!」
噂の的だった私から視線は外れて、シルビへと移って行った。
「……へ?」
あの髪飾りは、私が置いたものだ。私が……シルビの髪飾りを王子の元に置いたのだ。ずっとシルビと王子があの世で一緒にいられるように。
噂話は一気に変化する。
「お嬢様の悪評を流したのは、その婚約者の王子が嫌いだったから……?」「確か、王子と一緒にいる姿をよく見たわ」「痴情のもつれって奴かな……」
シルビは汗をまき散らしながら、必死に弁明をする。
「あり得ない。あり得ないわよ! 私と王子は愛し合っているんだから!」
「あら、愛し合っていたの」
私の一言に、しまったと言いたげな表情をする。
王子とできていることは、まだ皆に隠している。私が死んでから婚約を発表する予定だったのだから。
そして今の一言は、王族への裏切りを意味する。
咄嗟にシルビは大臣の方を向くが、大臣は関係ないとばかりに目を反らした。
「王子が貴方を好きになったのならばそれは仕方がないことだと思うけれど、もしも貴方が王子を殺したのならば……貴方死刑ね?」
「ひっ……。わた、私をどうする気……?」
「私は何もしないわよ」
私の言葉に、安心した表情を見せるシルビ。私はもう一度同じ言葉を言う。
「私は、何もしないわよ」
その言い方でシルビは察する。私以外は、何かをする気だと。
シルビは左右にいる人々の顔を見る。冷静さを失ったシルビには誰もが自分に悪意を持っているかのように見えるようで、左右に首を振り続けた。
恐怖に顔を歪めるシルビ。私が一歩近づくと、彼女は踵を返して走り出した。
私はシルビを追いかけるように歩き出す。
シルビが廊下を抜けようとすると、目の前には先ほどまで窓を拭いていたリックがいる。
パニックになっているシルビは、私が逃げないように部下を配置したと勘違いし、「ひっ」と小さく悲鳴を上げて、すぐ隣の廊下を上がっていく。
「え? な、なんです……?」
リックは、耳と尻尾を下げて困った顔をした。
私は更に追いかけるように階段を登る。
シルビは二階の階段近くでは待機させていたエルツォを見つけて、またもや悲鳴をあげて更に上へと登っていく。
三階は誰もいないものの、全ての部屋に鍵がかかっている。それに気づいていないシルビが、鍵のかかっている扉を開けようと、がちゃがちゃとドアノブを回す音が聞こえた。
二階から登ってきた私を見つけたシルビは、恐怖に顔を歪めて階段へと急ぎ、更に上へと上がっていく。
その先は、屋上だ。
空は晴れ渡っており、日差しが私とシルビを叩きつける。風が柔らかく吹いて、私とシルビの髪をなびかせた。
視界の先には鳥が三匹飛んでおり、その下にはこの城が支配する街並みが見えた。
転落防止用の石で出来た手すりの目の前まで行ったシルビは、もう逃げる先がないと理解し、汗を流しながら私へと振り返る。私はそんなシルビに笑顔を見せた。
「さて、言い訳ぐらい聞いておこうかしら。シルビ。何故王子を奪ったの?」
「サラお嬢様の……ためよ……」
「は?」
シルビは目を右往左往させると、自分自身に言い訳するかのように言葉を放つ。
「そうよ……。そうよ、お嬢様のためよ! お嬢様はわがままでしょう? 厳しくしないと、大人になってからやっていけないと思ったのよ!」
「なるほど」
「そうよ。よく言うでしょう。やらない善よりやる偽善って……!」
「違うわ」
「え……?」
「確かに偽善はいいことよ。自分のために相手の善になる行動を行うことだからね。それが名誉やオナニーのためでも、相手が喜んだ時点で素晴らしい行動になるの。だから私は偽善者をとても良い人間だと思っているわ」
私は言葉を発しながら、一歩ずつシルビへと近づいていく。
「でも貴方の行動で私は喜んだかしら? 喜んだことはないわよね? 貴方は私を傷つけて楽しむという目的の言い訳として私が喜ばないのに私のためという理由を選んでいるの」
私に近づかれるシルビは、後ずさりをするも、背中が手すりに当たる。
「貴方は偽善者じゃない。自分がやりたいことやっていい気持ちになっている……独善者よ」
「ひっ……」
その時、手すりの下にあったヒビから、徐々にヒビが広がって行き……壊れた。手すりはバラバラの石となって、崩れていく。手すりに寄り掛かっていたシルビは、足を崩して一緒に空中へと投げられていく。
唖然とした表情を見せるシルビ。何かを掴もうと手を伸ばすが、今ここに掴めるものはなく、そのまま身体は一階の大理石へと向かって行き……。
ぐちゃり。
と、音がした。
私は屋上からシルビの様子を伺うように、壊れた手すりから見下ろす。
そこにはシルビの姿はなかった。
あったのは、真っ赤になった液体と、飛び散った赤とピンクの肉の塊だけだったのだから。
私は一度微笑むと、私達を隠れて見ていたエルツォに振り返る。
「事故ね」
エルツォは返事をしなかった。
「あ、こんにちは。サラさん」
一階まで戻ると、リックが私とエルツォの姿を見て手を振った。
「そしてエルツォさん。こんにちは」
返をしないエルツォに対して、リックは笑いかける。リックは続ける。
「サラさん。いくら偽善者と言われようが僕は挨拶をやめたりしませんからね! 僕は、僕が正しいと思う事をやりたいんです……!」
「あら。私やめてなんて言ったかしら?」
「え……? で、でも偽善者って……」
「えぇ。そうね。でも辞めなくてもいいわ」
私がどういう主張をしたいのか分からなくて、困惑した様子を見せるリック。私はそれを愛おし気に見つめて微笑む。
「あぁ、貴方は本当に偽善者ね」