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2-1 貴方は偽善者 1

 槍が突き刺さって死体となった王子へ、私はそっと髪を撫でる。僅かに血が絡まっているが、髪質はさらさらとしており指を通せば簡単に髪の先まで撫でられた。

「今の姿が一番愛おしいわ」

 そう言って微笑むと、私は懐から指サイズの髪飾りを取り出すと、王子の傍に置いた。

 髪飾りは天井の光にあてられて、綺麗に輝いた。

「これでずっと一緒になれるわね」



 獣耳の少年は、何やら追い出されるかのように村を出て、行く場所も住む場所もなく、私を殺すことで村の人達に認めてもらう予定だったらしい。

 だから私は彼を、私の召使いにした。

 尻尾が入る獣人用の衣装は通常作られておらず、普段獣人はズボンの中に尻尾を垂らしている。

 人間で言うと、表情を無理やり固定されているようなものだ。実に窮屈なことだろう。

 だから私は特注をして、獣耳少年……リックと言う名の少年の召使いとしての衣装を作った。




 今いる私の部屋は、次期王女の部屋として相応しい程の広さである。前世の私の部屋は六畳ほどだったが、この部屋は四倍程あるだろう。

 その真ん中にある、天蓋付きベッドの近くで、専用のズボンから尻尾を僅かに振るリックが私に聞いた。


「どうして僕を召使いにしたんですか?」

「可愛かったからよ。それ以外に理由なんてないわ。……あ、後で他の部屋の使用人にも挨拶して頂戴ね」

「あ、はい」

「私からは一人だけ紹介しておくわ。彼が私の側近。エルツォよ」

 私が紹介するタイミングを見合わせたように、エルツォが現れる。

 大柄かつ強面で無表情。耳が尖っており、肌が赤身がかっていることから、オークであることが分かる。

 エルツォは、部屋に書類を置くと、そのまま背を向けて部屋から出て行こうとする。

「あ、あの……。僕は先程召使いになったリックと言います」

 少し怖かったのか、リックは自信なさげに礼をした。


 対してエルツォはそれを完全にスルーして、部屋から出て行った。

「……え? 無視……? 僕、嫌われている……?」

「あは。あれでもエルツォは人と関わりたいと思っているのよ」

「そういうことなら……。……よし、これからも話しかけます。異種族同士仲良くしたいですし、うざいって思われるぐらい話しかけますね」

「ふーん。貴方って……」

 私は言葉を切ると、僅かに微笑みを見せた。

「偽善者ね」

「……え?」

 口をぽかんとさせるリックに対して、私は満足げに微笑みを見せた。




 王子が死んだ。その情報はすぐに城中に知れ渡った。午前中には町中、明日には国中に知れ渡る事だろう。

 さあ、王子が死んだとしてもまだ行うべきことは残っているわ。

 私が自由に生きるためにまだ消さなければならない存在が残っている。

 私の婚約していた王子を奪った女。この国の王女となるはずだった女。

 私を殺すことを王子にそそのかした女。

 彼女の名は……シルビ。




 シルビの姿を探す事数分で、シルビを簡単に見つけることができた。

 彼女の綺麗な緑の髪の編み込みからして、王子が死んだ翌日にも関わらず、一点を除きいつも通りのように見えた。

 シルビはこの城のメイドである。そして就業中にも関わらず、メイド服を着たまま食堂の椅子に座って、部屋に入ってすぐ泣き声が聞こえる程大げさに涙を零していた。

 その隣には二十後半の男の姿。確か、この国の大臣の一人だったはずだ。

「王子が……王子が死んじゃったよぉ……」

 そんなシルビに対して、慰めるように大臣が言葉をかける。

「あんな男忘れて、俺の元に来なよ」

「大臣……」

 涙を零しながらも、うっとりした目で大臣を見るめるシルビ。


 そんなシルビに対して、私は笑みをこぼしながら話しかける。

「王子が死んだ直後だというのに、随分と尻が軽いのね」

 言いながら、シルビが座る椅子の正面に座った。

 シルビは口をあんぐりと開けた後、さっきよりも勢いよく涙を零した。

「そんな事言うなんて……酷い! 私は王子をあんなに……」

 シルビは立ち上がって、言葉を続けようとするが、その口は紡がれる。

 理由は分かっている。シルビは王子と付き合っていることをひた隠しにしているので、ここでそれを話してしまえば王族に対する裏切りになる。

 私が死んだ後に婚約をしたという経緯にするつもりだったのだが、私が生きているので「愛し合っていた」等と言うことはできない。


 シルビは顔を涙で濡らしたまま悔し気な表情をすると、エルツォに近寄って上目遣いで見つめる。

「ねぇ、私そんなつもりなかったのに、お嬢様にこんなこと言われて……本当に悲しいの」

 解説しよう。この手の人間は、嫌いな人間の周りの男を奪うことで喜びを感じるのである。だからわざわざ私の近くの男にこういった言葉を投げかける。

 しかしエルツォはいつも通り反応を示さない。シルビと視線も合わせず、黙って立っているだけである。

 シルビはむかついた表情をして、部屋の扉へ歩き出そうとしたその時、大臣やエルツォに気付かれないよう、私の足を蹴って出て行った。

「痛……」

 シルビは、痛がる私を振り返ることもなく部屋から出ていくと、大臣も軽く私に礼をしながら出て行った。


 エルツォが私の様子がいつもと違うことに気が付くが、説明するとシルビを殴りに行きそうだったので、特に触れないことにした。

 私はエルツォと視線を合わせて言う。

「エルツォ。紅茶を」

 エルツォは頷いてキッチンに向かうと、数分後に赤い花が彩られたティーカップに入れられた紅茶を私の前に置く。

 私は今後のことを考えながらも、紅茶を口に含んだ。




 紅茶を優雅に飲んだ後、私の部屋に戻ると、リックが駆け足で私に近寄る。

「サ、サラさん! メイドの事、ビッチって罵倒したんですか!?」

 解説しよう。シルビのような女は自分に対する悪意は人一番敏感で、味方を作ることに命をかけているので噂が広まるのが早く盛られている。

 ……しかし早すぎるし、盛られすぎだ。

「まあ嘘と言えなくもないわね」

「シルビさん……でしたっけ? めちゃくちゃ泣いてましたよ! いいんですか!?」

「いいわよ別に」

「……いいんですか……」

 しかし、リックは私の「嘘と言えなくもない」という微妙な言い回しに違和感を得たようで、それ以上突っ込むことはなかった。


「ところでリック。その噂は誰から聞いたの?」

「えっと、シルビさんと一緒にいたメイドさんから」

「へぇ。その噂を聞いていたシルビは、どんな表情をしていたの?」

「……っあ、涙を零しながらも、ほくそ笑んでいたような」

「そう」

 リックは何か悪いことを言ってしまったのではないかと、困ったように私の様子を伺っている。

 前回私を殺しに来た件で反省したのか、片方の噂話で誰が悪いか決めようとしていない。そんな成長のできるリックが可愛らしくて私はぎゅっと抱きしめた。


「リックは本当に可愛いわねぇ」

「な、何をするんですか!」

 そのまま頭を撫でて、びくつく耳を軽くかじった。

「ぁっ……! ちょ……」

 どうやらここが弱いみたいで、何度か耳をか噛むとその度身体を震わせる。

 リックの吐息が熱くなってきたところで、私はリックから離れて見つめてみる。

「……セクハラですよ」

 顔を赤らめたまま、目を反らした。

「嫌だったかしら?」

 その返事はなかったので、肯定としてとらえることにした。

「あぁ、そうだリック。一階の廊下の窓が汚くなっていたから、拭いておいて頂戴」

「え? は、はい……」

 戸惑い気味のリックの返事を聞いた後、エルツォの方を向く。

「エルツォ。貴方は屋上の掃除ね。その後は二階で待っていて頂戴」


 さあ、事を始めるのは明日。楽しみにしていてね。シルビ。

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