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1 他人の死というコンテンツ

 悪女。13歳になる頃には、そう呼ばれるようになった。たくさんの人を不幸に落としてきたから。

 悪女。19歳になる頃には、誰もそう呼ばなくなった。そう呼ぶ人間を殺すことで体裁を保ったから。

 私は私が行っていることを悪だとは思っていない。

 ひたすらに幸福に貪欲で、そのためならば他の不幸がどうでもいいだけ。それを悪だと言うのならば、他の生物を食らう生き物だって悪と呼ばれるはずでしょう。

 だけどそんな私の人生も、今日で終わりを迎えようとしている。




 数十人が同時に踊れる大きさの広間で、床をヒールで叩くのは私一人。

 まるで共に踊る相手がいるかのようにほほ笑んで、手を取るフリをして、ステップを踏む。

 ここにはヒールを叩く音しか聞こえないにも関わらず、私を見れば音楽が聞こえてしまうほど洗礼された踊り。

 そんな一人遊びをしている中で、私以外の足音が増えたことに気が付いた。


「ちょうど一緒に踊る相手を探していたの。一緒に踊ってくださるかしら?」

 私が問いかけながら振り返ると、ピンと立った獣耳が目に入った。

 怒りに吊り上がった目を向けるも、瞳の奥には純粋さも交じっている。歳は10代前半のように見えた。

 彼は手に持った刃渡り30cm程の剣の先を、私へと向けた。

 確か、あれは獣人。人間の20分の1程度の数しかおらず、昔は犬や猫と同じように扱われていた。

 現在は差別的な法はなくなったが、未だ差別は根強く、金持ちに捕まって屋敷に飼われていることも多いとか。

 勿論この屋敷で飼っている獣人はいないため、ここに獣人が現れることはおかしい。

「貴方が、この屋敷のお嬢様……サラですね?」

 少年が声からは憎悪を感じる。にも拘わらず、敬語で話すことに少年が律儀な性格であるからだろう。


 沈黙を肯定と受け取ったのか、少年は更に話を続ける。

「貴方を……殺しに来ました」

「一応、理由を聞いていいかしら?」

「分からないのですか!? 貴方のせいで、この国は戦争が起きようとしているのですよ!?」

 この少年の言う言葉は事実だ。




 ここは、前世にあった乙女ゲームの世界。

 そう知った時私は第二の人生を自由に生きた。

気に食わない人間は殺したし、それに怒る人間はゲームの知識や上級貴族の地位を使って人生を奪った。

 そうして理想の環境を作り出した。皆私を崇める。褒め称える。そんな素敵な環境に。




 私を悪く言う人を殺して体裁を保っているものの、どこからかこういった噂は漏れている。けど……。

「貴方は私を殺せないわ。私は王子に殺される予定だもの。それに貴方……童貞でしょう」

「はあ!? それの、何が……!」

 私がヒールの音を鳴らしながら、少年へと近づく。

「貴方、人を殺した事ないでしょう?」

 そういう意味かと納得しかけた顔を見せる少年へと私は手を伸ばし、耳に触れ、頭に触れ……私の元に引き寄せ、唇を重ねた。


 少年の暖かくも柔らかい唇を軽く噛んだ後、歯の隙間に舌を入れる。舌と唾液を絡めて音が鳴った。

 吸いつくように唇を味わった後、私はそっと離れて少年を妖艶に見つめる。

 少年は顔を真っ赤にして、よもや私を真っすぐに見つめることなどできなくなっていた。

 私が少年へもう一度顔を近づけようとすると、私は少年に突飛ばされて尻餅をつく。

「……ふふ。こっちも未経験なのね」

「何故こんな事を……!」

「誰にでもこんな事しないわよ。貴方が可愛かったから」

「そういう事を聞きたいのではなくて……!」

「……貴方のようなタイプは、悪を裁く正義になりきっている。そしてここにやってきたのも、さしずめ悪女を殺して差別をする皆を見返したかったからでしょう。だから一度女として見た人間を、貴方を一人の人間として見た私を悪として裁くことはできない。……実際そうでしょう?」

 私が薄くほほ笑むと、少年は苛立ったように剣を振り上げた。


 だが、そこで止まった。

 肩を震わせる少年の表情は髪で隠れて見えないが、下へと向かう獣耳を見る限りは、喜ばしい表情をしていないことが分かる。

 少年は振り上げた剣の行き先をなくしたかのように、剣を自分の目の前に持ってきて見つめる。

 何かを考えるように暫くじっと剣を見つめていると、彼は視線を剣から逸らさないまま私に尋ねる。

「……さっきの話は、本当なんですか?」

「あら本当よ。貴方のことは心の底から可愛いと思っているわ」

「そっちじゃなくて……王子が貴方を殺しに来るという話ですよ」

「あらそっち。本当よ」

「逃げ出そうとは思わなかったのですか? 貴方が死んで悲しむ人もいるでしょう」

「いるでしょうね」

「だったら何故、ここで悠々と踊りなんか……!」

 私は立ち上がって、床の汚れを落とすようにドレスをはたいた。

「私、一度死んだことがあるの。その時会った神様に、私が死んだ後みんながどうしたのか見せてもらったわ」

 言いながら窓辺に近づくと、窓の枠に肘をかけて少年を見る。

 カーテンの隙間から覗く光が私に降り注いだ。


「皆とっても悲しんでいたわ。大して仲良くもないクラスメイトが、いつも成績が悪いと罵っていた先生が、私に暴力をふるっていた父が。さも大切な人を失ったかのように、悲劇のヒーローになったかのように泣いているの。大泣きよ大泣き。きっと私の死はドラマより泣ける娯楽だったんだと思うわ。ここでも、私が死んだら皆悲しんで、楽しんでくれるでしょうね」

 少年の返事はない。一度死んだという素っ頓狂な事を言いながらも、嘘を言っているようにも思えない私の口ぶりに戸惑っているのだろう。

「ねえ。もう一度お願いするわ。一緒に踊ってくださらないかしら? 私は最後まで人生を楽しみたいの」

 私は再び少年に近づいて、手を伸ばす。

 少年は迷いながらも、私の手を取った。




 それは踊りと呼ぶには、あまりにも無様なものだった。

 この少年は誰かと踊ったことがないと分かるほどぎこちなくて、私の動きに合わせて揺れるのが精いっぱいな様子だった。

 だからこそ私は楽しかった。先程まで私を殺そうとしていた者が、必死に私の足を踏んでしまわないように頑張っている。

 本当に可愛い子。




 楽しい時間は、音を立てて開けられた扉により終わりを告げる。

 前世のゲーム通り現れた王子。このまま彼に殺されて死ぬ。そういうシナリオ。

「悪女サラ! ここでお前を討つ!」

 剣を向けられるのは、本日二度目。

 婚約破棄をされるまでは愛を誓いあっていたのに、本当に酷い人。

 だから私は少年の手をそっと離して、右手を上へと伸ばした。




 それを合図として、全ての窓に設置してあった大量の槍が、王子へと吸い込まれていく。

 槍を確認した王子の瞳を、刃が貫いた。

 無数の槍が王子の身体に突き刺さり、肉が引き裂かれる嫌な音がする。そこから血は弾き飛んで、私と少年を濡らした。

 王子の手から剣が落ちた数秒後、身体も床へと叩きつけられた。

 少年が吐き気を耐えるように自らの口を塞ぎ、冷たい汗を零しながら私と王子を交互に見て、絞り出すように声を上げた。


「何が……何が、貴方は今日死ぬって……!」

「本当に死ぬ予定だったのよ? ただ、予定通りに過ごす程私も馬鹿じゃないの。一か八かだったけれど、上手く殺せたみたいだわ」

 私は王子が持ってきた剣を拾い上げると、王子の顔面へと突き刺した。

「さあ。私を殺す王子は死んだ。もっともっと私は理想の世界を作り出すわ。まずは王子を奪ったあの女を殺してあげる。それから私が王子の代わりに成り代わって、この国を支配してあげようかしら!」

 声が弾む。憎かった王子を殺せたことが楽しくて仕方がない。憎かった女を殺すことが楽しくて仕方がない。

 人生をこんなに楽しむことができるなんて、私はなんて幸せ者なのだろう。


「そうだ。どうせならば貴方も、私と一緒に楽しまない?」

 そう少年に問いかけてみるも、少年は眉をひそめるだけだった。

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