スラム街の住民が帰れるようになった。
魔族領から帰り、マルチンから預かったすごい量のレポートをクズノハに渡した。
「なんじゃこの量は、有難いは有難いがこれは目を通すのにも時間がかかるの。」
クズノハもちょっと引いてるじゃないか、マルチンは加減を知らないのだろうか。
しかし感謝はしているらしく、渡してすぐにレポートを読むのに没頭しだした――俺の声も聞こえてないな。
邪魔するのも悪いので、そっとクズノハの家を出て食堂へ向かう。
今頃は皆食事をしているだろうし、魔王との謁見で聞いた話を伝えるにはちょうどいいだろう。
食堂に着くと、やはり皆食事を取っていた。
特に目立ったトラブルもなくてよかった、預かってる身で何かあったら魔族領から何を言われるか分からないからな。
「一時移住してる魔族の人に話がある、食べ終わったらでいいから俺のところに集まってくれないか?」
そう伝えて俺も軽く食事を取る、今からしっかり食べると食べてる途中に皆集まっちゃうからな。
しばらくすると皆が続々と集まってきた、村の住民も混ざってるけど別に聞かれて困る話でもないからいいか。
「これで一時移住の魔族は全員か?」
「寝てしまってる子ども以外は全員揃っています。」
子どもは寝かせておいてやれ、難しい話だし聞いても退屈だろう。
「スラム街から金を巻き上げてたハイノ金融だが、城によって裁きが下された。
芋づる式に多くの罪人が捕まったらしいから魔族領での身の安全は保障されてると思っていいだろう、これで何時でも元の生活に戻れるようになったぞ。」
俺がそう言うと、喜び・悲しみ・悩みと様々な表情を見せている……なんで悲しんでる人がいるんだ?
「ここの生活が快適すぎて向こうに帰るのが嫌なんですぅ……。」
悲しんでる人の意見はこれだった、まぁあちらの家はかなりボロボロだったからそう思う人もいるだろう。
「いつでも帰れるようになっただけで、別に村に残っていいと魔王から言われてる。
残りたい人は残ってここで生活してくれて構わないぞ、仕事は今割り振られているものを継続してくれたらそれでいいから。」
魔族の皆の目が大きく見開いて俺を見ている、どうしたんだ?
「帰らなくてもいいんですか?」と聞かれたので頷く。
「じゃあ私は残ります!」
わかった、これからよろしくな。
「しばらくこちらに滞在して帰るのは問題ないですか?」
これは鍛錬所で鍛錬に打ち込んでいた人たちだな、それも問題ないぞ。
「ではSランクのグレーテさんにお墨付きをもらうまで、よろしくお願いします!
それから冒険者で食っていきますよ!」
冒険者は危険だろうし村でしっかり鍛えていってくれ、どれだけの期間住んでても問題ないからな。
生活魔術を使えるようになった人はすぐに帰るらしい、これで絶対稼げると思ったのだろう。
実際稼げると思う、金持ちの家や何だったら城にも勤めれるんじゃないかな。
料理の手伝いをしてくれていた人は全員残るとのこと、どうやらドワーフ族の何人かといい感じになっちゃったのもあるし料理が楽しいらしい。
ドワーフ族も大喜びだ、よかったな。
「じゃあ帰る人に魔王か、無理なら魔王に届くよう言伝を頼む。
帰る人と残る人が居るということを伝えてくれたらそれでいいから。」
「恐らく魔族領に戻ると謁見の機会があるので大丈夫です、魔王様は真面目なので自分で謝らないと気が済まないタチなので。」
いいとこあるんだな、トップが謝れるのはすごいことだと思うぞ。
じゃあ言伝は頼んだ、さぁ今日は解散だ。
食事と話し合いが終わり家へ。
「この村も大分住民が増えましたし、魔族もミハエルさんとグレーテさん以外で住むことになるとは思いませんでした。」
「そうだな、ここまで住民が増えてもやっていけるような村でよかったよ。」
メアリーの言葉に相槌を打ち、ロッキングチェアに座っているメアリーのお腹に耳を当てる。
もうだいぶ動いてるんだな、母子ともに健康そうでなによりだ。
「始めは開様と私とラウラだけでしたのに、ものすごい勢いで増えていきましたね。」
ホントにな、ついこの間まで素材の味しかしない肉を食ってたと思うとものすごい進歩だよ。
塩すら貴重だったからな、あの時メアリーに出会えてよかった。
思い出話をしていると、タイガがグォッと鳴きながら俺に甘えてきた、確かに俺と最初に知り合ったのはお前だったな。
タイガにも感謝してるよ、ありがとうな。
頭を撫でてやると、顔をこすりつけながらグルグルと喉を鳴らすタイガ、やっぱりかわいいな。
「ふふっ、私も最初はタイガ様のこと怖がってましたねぇ……今はもう全然何ともないですが。
むしろ移動の手助けをしてくれているので、ありがたい限りです。」
そんなことしてくれてたのか、気づかなかったぞ。
「しかしこうして村がここまで発展しているのに、未開の地なんて土地名が少し嫌になりますね。」
「そうか?
魔物の強さは魔族領より強いし、下手に好奇心でこっちに来るようになるような名前じゃないだけいいと思うけど。」
感覚は少し麻痺しつつあるが、グレーテがここに来た時のことは忘れてない。
村の住民なら一瞬で討伐できるオークですら、魔族領のSランク冒険者は手こずるんだからな。
「ですが、今回の食糧の手助けにスラム街の方々の移住……興味を持っている人や儲け話の匂いを感じ取ってる人も少なからず居ると思いますよ。
何かトラブルがある前に対策を取っておいたほうがいいのではないでしょうか。」
確かになぁ……特に箝口令を出してるわけでもないし必要ないと思っていたからな。
メアリーからそう言われて少し不安になる、グレーテも生きてこの村に辿り着けたのも証明しているし他の誰かが挑戦しないとも限らない。
「よし、やっぱり陸路を敷こう。」
それが一番だ、山はぶち抜いてトンネルを作ればいいし――最初はそうするつもりだったからな。
「陸路の管理はどうするんですか?」
「魔物除けの魔術を使って何とかならないかな?」
「あれは範囲が決まってるはずです、魔族領まではとても届きませんよ……。」
メアリーはため息をつきながらうなだれる、そんな呆れなくてもいいじゃないか。
「魔族領との話し合いは必要になりますが、定期便を走らせるのが一番かと。
山を越えて少し先に関所を構えてもらえば、用事のある人だけがこちらに来れるようになります。」
なるほど、さすがメアリー。
「こんな状態でも村長補佐ですから。」とドヤ顔をするメアリー、こっちも可愛い。
なんて話をしてたら、物陰からカタリナとウーテが覗き込んで顔をパタパタ仰ぐ仕草を取っている……俺とメアリーはそれを見て顔が真っ赤になってしまった。
隔日投稿(お昼12:00)していきますので是非追いかけてくださいね!




