魔族領に行くことが決定した。
グレーテが来て最初の夜が明けた。
「村長、おはようございます!
この村での私の仕事は何をすればいいでしょうか?」
昨日メアリーから聞いた話では、状態異常回復スキルを使えるらしい。
「傷は俺のポーションでどうにでもなるから、病気や毒なんかは対応策を考えてなかったからそこを担当してもらおうか。」
グレーテは「へっ?」とマヌケな声を出して固まってしまった。
どうしたんだ?
「いえ、それだとかなりの期間手が空きますよ?
それに対応策がないってことは今までそれで苦しんだことがないってことですよね、私必要ですか?」
少し涙目になってる……苦しんだことがないからこそ、もしもに備えた対応が必要なんだぞ。
「手が空くのが嫌なら呼んだ時に農作業をしてくれればいいし、それ以外の時間は鍛錬所で鍛錬をしたらいい。
魔族領より未開の地の魔物のほうが強いらしいし、それなら楽に倒せる村の住民と鍛錬すればより強くなれるんじゃないか?」
グレーテは「そんなのでいいんですか!?」と驚いているが、ずっとこの村に住むわけじゃないし気張らなくていいぞ、と伝えておいた。
早速鍛錬所に顔を出してみるらしい、冒険者は強さが大事だろうしチャンスは見逃せないんだろうな。
何より唯一の魔族だ、不安がってる住民もいるかもしれないからな……グレーテが無害だと分かってもらうよう交流を取ってもらうのが一番だろう。
「でもまぁ、オークを倒すのに苦戦したと言ってましたから……村の住民の脅威にはならないですけどね。」
グレーテを見送ったあと、メアリーがぽつりとつぶやいた。
強さは対峙しないとわからないが、自分たちと違う種族や見たことない見た目っていうのは与える印象も大きい。
何もしないまま変な噂が立つ前に「この人は大丈夫。」と思われることが重要だ。
あ、魔族領について色々聞くのを忘れてたな。
まぁ急いだことでもないし後でいいか。
食堂で食事をしていると、鍛錬をしていた部隊も食事に来た。
グレーテはボロボロになりながら肩で息をしている、よほどきつかったのだろう。
「未開の地の皆さん強すぎです……どうなってるんですか……。」
皆笑いながら流してるが、狩りや警備の戦闘面を任せてる部隊はドラゴン族以外でも相当な強さだと思う、だって何してるかわからないし。
「はっはっは、住んでる魔物が強いとそれの対処をせざるを得ないから強くなるしかないんだよ。
でも気配遮断スキルは大したものだったな、使われた瞬間はどこにいるかわからなかったし。」
そんなスキルもあったのか、それがあるからここまで魔物に殺されずにたどり着くことが出来たんだな。
「そうだグレーテ、魔族領について聞きたいことがいくつかあるんだ。
鍛錬が終わったらでいいから、俺の家へ来てくれないか?」
「今日はもう鍛錬する元気もないですよぅ……食事が終わったら伺いますね……。」
ウェアウルフ族が「おっ、今日はもう終わりかい?」と少し煽るように茶化しているが、あまりいじめないでやってくれよ。
だが、グレーテが無害で馴染みやすい人物だというのを分かってもらうという狙いは成功しているようで良かった。
食事が終わって家に帰り、グレーテを待つ。
何があるか楽しみだな、逆に何もなければ証人とやらになるという願いを済ませたら帰ってもいいかもしれない。
魔族領というくらいだから国に近いのだろう、そこにいきなり異なる地域に住む住民が居るとなると何か問題が起きてもおかしくないからな。
厄介ごとに巻き込まれるのも嫌だし。
「すみません、お待たせしました。」
考え事をしているとグレーテが家に来た。
「わざわざ来てもらってすまないな。
いくつか聞きたいことがあるが、まず一番重要なことから聞くぞ。
魔族領に海はあるか?」
「はい、ありますよ。
人間領は海の向こうにあるので、交易のために渡る船と航路も決められています。
後は魚を獲るための漁業海域も人間領と分けて各々で漁業を行っていますね。」
よし、魔族領に向かうことが今決定した。
というか人間領もあるんだな、俺から見て異種族しか住んでないと思ったが、そういえばグレーテが「人間ですね?」と聞いていたのでこの世界にも人間はいるんだよな。
海の向こうに人間領があるならそりゃ人間がここにいるのは珍しいか……。
「ありがとう、それだけでも十分な情報だ。
なら、俺たちが魚を食べるにはどうしたらいい?」
「え、私と魔族領に行って証人になってもらえれば魔王様から報酬が受け取れるので、それでご馳走しますよ?
お世話になってるし当然じゃないですか。」
「すまん、言葉が足りなかったな。
この村の住民全員が、食事の献立に魚料理という選択肢を取れるだけの量を確保し続けるにはどうすればいい?」
そう言うとグレーテは唸りながら悩み始めた。
ここに貨幣経済という概念はないのは薄々感じているだろうし、どうすればいいか考えているのだろう。
「難しいですね……あちらで商売をしてお金を得て漁業者から卸すくらいしか思いつきません……。
商人とはそこまで強い繋がりも無いので詳しいこともわからないです。」
グレーテは冒険者だからな、それは仕方ない。
商人も儲けれそうなことじゃないと寄ってこないだろうし、うちから出せるのは食糧と武具くらいか?
「開様、食糧はともかく武器や防具を魔族領に流出させるのは反対です。」
色々考えていると、後ろで横になっていたメアリーが話しかけてきた。
「グレーテさんが居るのであまり話したくはなかったですが、この村の武器や防具は恐らく世界でも五指に入るほどでしょう。
特に最近採掘出来るようになったオレイカルコスは、とんでもない業物に化けるとカタリナから聞きましたし、開様の想像錬金術を合わせると、どれくらいの物になるか想像も出来ません。」
そうか……エンチャント付きの武器なんかは相当なレア物だったな、うまくぼかしてくれてありがとうメアリー。
普通に付与出来るから当たり前になってしまっていた、多分オレイカルコスもこの世界にはないものっぽいしダメか。
その下のランクがドラゴンの素材だしな、そう考えるとこの村の武具の品質はすごいのか。
「装備、何か凄そうだったんで欲しかったんですけど……貨幣が無いなら買い取ることも出来ないし流出させないなら手に入らないですね……。
でも、ご飯はものすごく美味しかったので食糧を商人に見せたらきっといい反応をするんじゃないでしょうか?」
取引に応じてくれる商人を見つけて商談するしかなさそうだな、その方向でまた話を詰めていこう。
それはそれとして。
「メアリー、グレーテにだけ武器を融通してやるのは問題ないか?
恐らく魔族領に行っても世話になる、ここの仕事だけじゃこっちが対価を支払えてないと思うんだ。」
「村がお世話になった個人にお渡しする程度なら大丈夫だと思いますよ?
ただし譲ってもらったというのは他言無用というのが絶対条件ですけれどね。」
グレーテはそれを聞いてものすごい笑顔になった、「絶対誰にも言いません!」って首をヘドバンのような勢いでうなずきながら返事をしている。
身を守る手段は大事だからな、今度オレイカルコスで短剣を作ってもらうよう頼んでおくよ。
隔日投稿(お昼12:00)していきますので追いかけてみてください!




