人間領の城で一晩を過ごした。
「お休みのところ申し訳ございません、食事の準備が整いましたのでご準備が出来ましたら部屋の外へいらしてください。」
部屋の扉をノックする音と俺を呼ぶ声で目が覚める、寝てしまっていたのか……。
だが少し休んだおかげでスッキリしている、煩悩も消えたみたいだし城の食事をいただくとするか。
俺は軽く身だしなみを整えて部屋を出ると使用人が立っており「こちらです。」と言った後歩き出していったのでついていく。
「お楽しみのようでしたね?」
食堂へ向かう道中に使用人が俺に声をかけてくる、どういうことだろう。
「俺はずっと眠っていたぞ、睡眠が楽しみというなら楽しんでいたが。」
俺がそう答えると「ふふ、慕われてるのですね。」と小さく笑いながら使用人が答えた、何かあったのかすごく気になる。
それより人間領の城ではどんな料理が出るんだろうな、お腹も空いてきているし。
俺は楽しみにしながら食堂へ入ると、ここに来てツヤツヤしているメアリーと流澪が俺を呼ぶ。
水浴びを嫌がっていたのにしてきたのだろうか、まあ少し暑くなってきているし水浴びも気持ちよかったのかもしれないな。
テーブルを見ると俺の故郷にあった料理と非常に似通ったものが並んでいる、刺身もあるのは非常に嬉しい。
ここまで文化が似通っていると何か嬉しいものがあるな、人間領とはトラブル続きなのが玉に瑕だけど。
だがトラブルも今回が恐らく最後だろう、そうであってほしいと願いながら呼ばれた席に座り食事を始めた。
「いやぁ、食べた食べた。
村の食事に負けず劣らず美味しい料理だったよ、俺が転移前に居た世界と似た料理っていうのも良かったな。
懐かしい気分にさせてもらえた、2年くらいしか経ってないが……。」
「あれ、2年くらい前って突如オフィスから人が消えたっていうアレ?」
流澪が俺の言葉に反応する。
「まさにその通りだが、何でその頃学生真っただ中の流澪が知ってるんだ?」
「何でも何もあの事件全国ニュースになってたわよ?
そんなことあるわけないなんて思ってたけど、冷静になると社会人……ましてや会社がそんなウソを公表して得をすることなんてないから本当なのかもって思ってたけど。」
俺が消えたことが全国ニュースになってるなんて思いもしなかった、だが実際あの時は皆慌てていたし警察に通報してもおかしくないかもしれない……だが良く信じてくれたな。
もしかしたらマスメディアが面白がって食いついただけかもしれないが。
それよりシュテフィの能力で俺の世界に転移しなくてよかったという安堵が強くなる、忘れ去られてるだろうし大丈夫だろうと高をくくっていたらこの世界に帰れなかったかもしれない。
気が付くと周りの皆が俺達の会話についてこれてなそうで目が点になっている、公の場で転移者同士盛り上がってしまってすまない。
だがメアリーだけは俺達の会話で何かを掴んだようで、ブツブツと独り言を言っている……変な会話はしてないと思うんだけどな。
「そういえばダンジュウロウとリッカはまだ仕事中なのか?」
「えぇ、リッカさんがとんでもない勢いで会議の手続きを終えてその日のうちに会議と領民投票を行うそうです。
聞いた話ですがダンジュウロウ様の解放と王座継続、テンガイさんと大臣の失脚及び投獄は確実視されているとか。」
メアリーが俺の声に反応して返事をしてくれた。
理想通りの流れだな、そうなってくれなければ人間領との交流が図りづらくなるので困る。
ダンジュウロウの声次第で村が人間領で管理出来る土地を確保出来るかどうかにかかっているんだ、村や魔族領の料理も美味しいけど人間領の料理も捨てがたい……というか諦めたくない。
「そういえば使用人の方にお尋ねしたいのですが、号外というものは何でしょうか?」
「号外とは定期的に発信されるかわら版とは別に、その時に起きた重要な事柄を知らせるための臨時かわら版ですね。」
メアリーがそれを聞いて「なるほど……これが開様と流澪の話と……。」なんてまたブツブツ呟きだした、何を考えているんだ。
そこで俺も気づいたことが一つある。
「そうだ、耳にはしていたが号外があるということは活版印刷が人間領には普及しているということか?」
「えぇ、そのほうが効率的にかわら版を作ることが出来るので御前様が案を出し技術者が実現されました。
以前は1枚1枚手書きでしたので質が一定ではなく最悪読めないという不平不満もありましたので。」
欲しい技術がまた1つ出てきたな、活版印刷があれば村の掲示物も格段に作りやすくなる。
最近は村以外の住民も滞在しているし、掲示物の更新は割と重要な仕事だからな。
今はダークエルフ族が手書きでしてくれているが、その作業も格段に速くなるだろう……決して今の掲示物が分かりづらいという意味では無いが。
まったく、キュウビもダンジュウロウも教えてくれればいいものの……村には必要ないとでも思ったのだろうか?
より暮らしやすく効率的になる技術は何でも欲しい、流石にこの世界の環境なんかは考えるけど活版印刷なら植林をしていけば問題無いだろう。
そのあたりは木と共に生きて来たダークエルフ族が十八番だろうな、教育施設を作って適正者を見出すことにはなるだろうが。
「他に何か質問はございますでしょうか?
もし無ければ皆様を部屋へご案内し、こちらの片付けをさせてもらいますが。」
「質問は特に無いが、強いて言うなら会議の結果を明日の朝に教えて欲しい。
ダンジュウロウやリッカと話したいことがあるからな、出来れば謁見の間で話させてもらえると助かる。」
「承りました、そのように手配しておきます。」
他の皆は特に質問が無いようなので食事の場は解散、各々部屋に案内され順番に水浴びをして床に就くことに。
俺の水浴びの番だと使用人に呼ばれて水浴びをしていると、使用人から声がかかる。
「お背中をお流ししましょうか?」
「大丈夫だ、一人でやれるから戻っていていいぞ。」
突然の申し出にドキッとしたが丁重に断る、流石にそこまで世話になるわけにはいかない。
「水浴びが終われば普通に寝るぞ、夜も一人で問題無い。
朝起こしにきてくれれば助かるけどな。」
「ではそのようにいたします。
ごゆっくりお休みくださいませ。」
すりガラスがついた扉に目をやると使用人の影は消えている、脱衣所から出ていったみたいだな。
シルエットとはいえ妻じゃない人に裸を見られていると思うと少し恥ずかしい……独り身なら喜んでいたかもしれないが。
しかしすりガラスを作れる技術があるということは、やはり人間領の技術力はかなり高いものだと思える。
村のお風呂にも導入していいかもしれない、確か何かを吹きかけて作るはずなんだが……そこまで覚えてないな。
明日キュウビに聞いて職人の所へ連れて行ってもらおう、蒸気機関も見せてもらう事だし。
だがそれよりはダンジュウロウとの話が先だろうな、穏便にとは行かないが思い通りに話が進んでくれていると嬉しい。
そう思いながら水浴びを終え脱衣所を出ると使用人が立っていた、どうやら部屋まで案内してくれるらしい。
ちょっと過保護気味な感じもするが、慣れない場所だし甘えておこう。
部屋に着くとお茶を入れてくれた、ありがたく頂戴していると机にハンドベルのようなものを置いた。
「何か御用があればこれを鳴らしてください、お夜食・お着替え・ご奉仕と何でもさせていただきますので。」
使用人はそう言って一礼をした後部屋を後にする、人間はどの世界でもサービス過剰にする節があるのだろうか……そこまでしてもらわなくても大丈夫なのに。
冷えた体に温かいお茶が効いたのかいい感じに眠くなってきたな、明日も早いだろうし今日はこのまま眠るとするか。
お茶を飲み干して布団に入ると、程なく眠りについた……誰かが入ってきたような感じがしたがきっと夢だろう。
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