ザフキエルおじさんの怪談騎士!
私は、天界で長年守護者をやっているものでしてね、役職柄、それなりに顔が広いこともあって、色々な方面から、不思議な話を聞くことがあるんですよ。
その中には、魔界の悪魔とはちょっと違う、酷く奇妙な存在にまつわる話もありましてね。
その中から今日はひとつ、東方のとある国に棲む、妖怪のお話をしましょうか。
えー、これは私の知人、仮に「A」としましょうか、彼に聞いた話なんですがね。
彼の家系は由緒が正しく、家系図を辿れば平安時代にまで遡るという名家でして、平安時代には「検非違使」、つまり、天界で言うところの天軍のエリートだったそうなんですよ。
このご先祖様にまつわる話で、興味深いものがあると言うんですね……。
その検非違使のご先祖さま、名前を「忠義」と言ったそうです。その忠義さん、検非違使のエリートですから、普段は役所に詰めて事務仕事なんかをしている。だから、忠義さんが呼び出されるなんて、滅多な事ではないんですよ。
ところがある時、部下が慌てふためいて忠義さんのところにやって来た。
「た、た、大変です!や、や、や……」
その部下は真っ青な顔で、ガタガタガタガタと震えてるから、言葉を噛んでしまって要領を得ない。
「何を慌てているのだ。落ち着いて話さなければ、伝わるものも伝わらないじゃないか、ん?」
忠義さんは部下を叱咤して、話を聞き出そうとする。すると部下は、背筋を伸ばして落ち着きを取り戻した。「取り乱して申し訳ございません」と頭を下げて、こう切り出したんです。
「夜行が、百鬼夜行を見たという者が、現れたのです!」
「……ほほう、百鬼夜行だと……」
百鬼夜行というのは、当時、京の都を恐怖のどん底に落としていた妖怪でして、全ての妖怪を従える妖怪の世界の親分みたいなものと、思われていたようでしてね。
昼間は出ない。夜、日が沈んで都が闇に包まれた深夜。街通りの暗闇の中を、妖怪共を引き従えて練り歩く、と言われていたそうなんですよ。
しかし、誰も見た事がない。それもそのはず。
百鬼夜行に出くわした者は、決して生きては戻らない。
そう噂されてましてね。
だから、誰も百鬼夜行がどんなものだか、証言できる者はいなかったんですよ。何せ、見た者は全員死んでいる訳ですから。
ところが、それを見たと、生きて証言をしている者がいる。
これには忠義さんも驚きましてね。
「それは本当か!?」
忠義さんは膝をトンと叩いて部下に身を乗り出した。
「その者の話を聞きたい」
京の都の治安を守る検非違使としては、百鬼夜行は非常に厄介な邪魔者で、何とか退治をしなければならない。しかし、誰も見た事がないから、どうやったら退治ができるのか、それすらも分からなかったんですね。
百鬼夜行の正体が分かれば、退治できる方法が見つかるかもしれない。もし退治できれば、京の都が沸き立つほどの大手柄。出世は間違いなしだ。
忠義さんはそう考えだんですね。
ところが、なぜか部下は変な顔をしたんですよ。
「直接、お会いになるのは、避けられた方がよろしいかと……」
「すると何か? 私が夜行ごときを恐れているとでも言いたいのか?」
太刀の柄に手を掛けながら言うものだから、部下は「滅相もない」と平伏低頭して、勢いよく部屋を出ていく忠義さんを見送ったんですがね。
忠義さんは他の誰かに手柄を取られてはって言うんで、タタタッと足を走らせて、目撃者のいる番屋に向かったんですな。
そこには、部屋の真ん中でガタガタガタガタ……、床を鳴らす勢いで震えている男が座っている。俯いて両手で顔を押さえているから、顔は見えない。
「ずっとこの様子なのです」
後からついて来た部下が、その男を気味悪そうな目で見ながら言うんですがね、また青白い顔をしてスッと目を逸らした。
何か様子がおかしい。おい何だよ、気持ち悪いなぁこりゃあと、忠義さんはゾワーッとするのを感じたんですがね。部下の手前もありますし、千載一遇の出世のチャンスってこともありまして、忠義さん、その男の正面に、ドッカリと胡座をかいて座ったんです。
「百鬼夜行を見た時の話を、聞かせてくれ」
「……闇だ」
男はガタガタ震えているから、歯をガチガチガチガチ鳴らす音が混じった、震え声で答えたんです。
「真っ暗闇だ。ガシャガシャと何かがぶつかり合うような、底気味の悪い音だけが、頭の中を掻き回すみたいに聞こえるんだ」
その話を聞いて、忠義さんは首を傾げた。
「音、だけか?」
男は相変わらず、歯をガチガチ鳴らしている。
「それじゃあ、百鬼夜行を見てはいないじゃないか」
目撃者と聞いていたのに、話が違いますからね。忠義さんはガッカリして声を上げましたらね、その男も語気を強めて言い返しましてね。
「いや……見たんです、見たんですよ……、──この目で」
男は顔を上げて、両手をスッと外して忠義さんを見たんですがね……。
本来、目のある部分が、ぽっかり暗くてと、何もない。
目玉が、なくなっていたんですよ。
それを、よく見せようと忠義さんに顔を近付けてきたからたまらない。
「う、う、うわっ!」
さすがの忠義さんも恐怖に駆られて、腰を抜かした格好でズルズルと後ろに逃げる。その脚を捕まえて、目のない男は忠義さんに訴えるんですな。
「見たんだ、この目で。だけど、目を取られたから、見た記憶も取られてしまった。──でも、声なら覚えてる」
──キミの目、とても綺麗だね。
ねぇ、その目、僕たちにくれないかな?
どうも、夜行というのは、気に入った目玉があると、集めたがるらしいんですな。
その男が助かったのは、目が、綺麗だったからかもしれないですね……。
それから、その男がどうなったのか、忠義さんが百鬼夜行を討伐できたのか、Aさんのご先祖様が残した文献には、残っていないんです。
もしかしたら、今も、夜になると、暗闇の都を、ガシャガシャとそぞろ歩いているかもしれませんね……。何せ、誰も見たことがないんですから……。怖いですね……。
夜は、一人で出歩かない方が、いいですよ……。
目玉を取られたいなら、別ですがね……。
「キャーーーッッ!!」
少し離れたところで耳を塞いでいる幼い天使たちを見回して、ザフキエルは頭を掻いた。
「少々、本気を出し過ぎたか……」