9/告白と離別、その子供の名前
「君はニンフェットだね」
「残酷なことを言いますね。年ごろを過ぎれば価値をなくすということですか?」
「皮肉を言わないでくれ。純粋に、悪魔的魅力の持ち主だということだよ」
「悪魔――ね。光栄です」
「だからか弱い子羊を誘惑しないでくれ」
「ルシファーがよく言いますね。子羊とは誰のことです?」
「傲慢の悪魔とは酷いな。それじゃあ君はリリスかい?」
「ええ。でも――あなたも私も、ソドムの罪を貪るのですから」
「ベルフェゴール」
「そうでしょうね」
「二匹の蠍か。なかなか魅力的じゃないか」
「お気に召しまして?」
「ああ。綺麗な毒虫に殺されるなら本望だよ」
「ご冗談を。いつか私に殺されても文句は言えませんよ?」
「構わないよ。僕は初めからそのつもりだ」
「娘さんはいいんですか、パパ?」
「君こそ残酷じゃないか――正直、僕にはあまり興味のない話だね」
「何故?家族などどうでもいいと?」
「そこまでは言わない。でも、親子の愛は所詮偶発的なものだ。自分で選び、勝ち取った訳じゃない。高が知れているさ」
「私の存在は?」
「君は、もう僕の娘じゃない。少なくともこれは、親子の愛じゃない」
「そう、では共犯者?」
「君は――被害者だろう」
「いいえ。貴方は私の、偶像ですから。私の罪でもあります」
「偶像」
「はい」
「信じてなんかいないんじゃなかったのか?」
「――古いことをよく覚えていますね」
「あの頃から君はニンフェットだったということだよ」
「そうですか――」
「ああ」
「――信じています。でもそれはあくまで偶像。神自体ではない。私が主体で、私にとっての貴方の意志は、貴方のものではない」
「冷たいね」
「口に出さなくても、誰もが他人に対して行っている仕打ちです。表現次第でしょう」
「言ってはいけないことだね。種明かしはしちゃいけない」
「でも、私がどこまで分かっているのか、どこまでする気か、知りたかったのでしょう?」
「――まあね。知らせるつもりか」
「凡ては神の御心のままに」
「僕次第、ね」
「終わりにしますか?」
「酷い子に育ったね、志乃」
「貴方によく似て?」
「より完全だよ、愛してる」
「ありがとうございます――貴方に、言わなくてはならないことが」
「何だい」
「貴方の――いえ」
「できたのか」
「――お父さん」
「言え。志乃の口から聞きたい」
「私の中で今貴方の子供が育っています」
「よくできた――どうしたい?」
「生みます。私の子供ですから」
「――そうか。朝海は反対するだろうな」
「あの人の意志は関係ありません。貴方と私の子です」
「あぁ――この歳でお祖父ちゃんとはね。これからどうするつもりだ?」
「生んで、育てていきます。母とも別れることになるでしょう。この子の為なら何でもします」
「母性本能か」
「いえ、自尊心です」
「僕は何をすれば――」
「何も。私は貴方に何も望みません」
「そうか」
「さようなら」
「名前だけ、聞かせてくれないか」
「みかど。深い、清廉の廉」
「意味は?」
「潔く、高く、深く、ただ確固とした人間で」
「良い名前だよ。さようなら、志乃。愛してると、深廉にも伝えてくれ」
「わかりました。さようなら、お父さん」




