4/郷田彩香の回想、西川志乃の登場について
目の前にあったのは、美少女という部類に属するものの、完成された形だった。
私は唖然とした。本当に唖のようだっただろう。
「初めまして、郷田彩香さん」
私は人形が口を利いたような気分でその声を聞いていた。この世にこんなに完成された姿があるとは思えなかったのだ。神様というものの存在を信じかけた。
「――初めまして。お名前は?」
彼女はにっこりと笑った。唇を合わせて、口角をゆっくりと上げる。それが彼女の笑い方だった。
「西川志乃といいます」
それから西川志乃は、私の横で紅茶に砂糖を入れている友人に何か言ってた。でもその声は私の耳には入っていなかった。私の心臓の音で、そんなものは掻き消されていたのだ。友人の笑い声がしたような気はする。何故こんなものの前で平然としていられるのだろうと、私は友人の神経を疑った。
「私、初めて会ったの――椿姫読んでる人」
彼女は私の正面でにっこり笑っていた。
「――私も他に見たことがない。他にはどんな本を?」
私の口は彼女に合わせて勝手に動く。
「特にジャンルには拘らない。純文学は少し苦手だけど。乱歩、横溝、太宰、芥川、安吾、ドストエフスキー、レイモンド・チャンドラー、ダシール・ハメット――有名どころはそんなところ」
驚くことにそれらは見事に私の読書の趣味とも合致している。私は感動した。
「乱歩の作品で一番気に入っているのは?私は――人間椅子」
「嬉しい。私もそう。他には、赤い部屋とか?」
「ええ。こんなに読書の趣味が合ってる人と会えるなんて」
「じゃあ安吾やレイモンドも?」
「中学の時から」
私と彼女は笑った。
「でも、読書の話はこれくらいにしないと。私たちの可愛い仲介者さんが不貞腐れてる」
彼女は悪戯っぽく言った。
私たちは談笑し、結局四十分ほどで別れた。彼女は別れ際に電話番号を書いたメモを私に渡していった。それは私にはとても嬉しいことだった。
すぐに私は西川志乃に好意を持った。
会話の中で彼女は聡明さを窺わせ、同時に言葉にはユーモアが感じられた。彼女の全ては、言葉も、姿も、声も、職人か専門家が心を込めて作った美術品のようだった。