13/諒解の瞬間
耳鳴りが酷い。
私は真っすぐ歩けているのだろうか。
暗い廊下を進む。ひんやりとした床の感触が水棲生物の腹のようで気持ちが悪い。ドアノブに手をかけたとき、初めて触った彼女の肌の温度が甦った。吐き気に襲われる。その温度は父のものと重なり、私は小さな悲鳴を上げた。
私に姉がいた?
志乃という、もう一人の娘が、父にいた?
どういう意味だ。志乃とは、あの志乃か?父は実の娘と関係を結んだのか?そして娘は父の子を孕んだ?獣だ。それは獣のすることではないか。嘘だ。
私は父と志乃の重なりあう姿を想像した。それは背徳的なんて言葉で片付けられるほど清潔感のあるものではない。悪夢だと、思い込みたかった。けれどその描写は、まるでこの目で見たようにくっきりと私の目蓋に焼き付いてしまった。
しにたい。
死んでしまえば良い。そうすれば私はこんな穢れた血族を持つ身体から解放される。姉も父も関係なくなる。なんて名案だろう。今すぐ実行すべきだ。何で死のうか。そうだ、失血死にしよう。父の血を、志乃の血を、私の身体の中から追い出そう。
私は問題の解決策が見つかったので安心することができた。あぁ、よかった。
ふと、ある問が頭を擡げた。志乃の子供はどうしたのだろうか。まさか堕胎してはいまい。ならば――。
私の中で、名付けようのない感情が蠢くのがわかる。それは嘔吐するほど醜いのもだが、私は醜悪なものほど強い魅力を放つということを知っている。
そしてその同じ瞬間に私は、父と、志乃と、私の総てを諒解した。