11/郷田武征の告示
叔父は父によく似ている。その叔父を見ていて、私は西川志乃を思い出した。違和感が私の中で息衝く。私は何かを忘れてはいないか。
「智博は、よくできた弟だったよ。兄から見ても、親から見ても、教師から見ても、優秀な子供だった。ただ不思議なところがあったね。妙に勘がいいんだ。そんなことが理由なのかもしれないが、あいつは周囲と一線違うところにいる感じがした。具体的に違いはないんだ。でも、明らかに異なっている。あいつも、俺たちも、それを無意識のうちに自覚していた」
智博は母親に特に可愛がられていた。智博もそれを解っていて、母の期待に応え続けた。俺はちょっとだけ嫉妬したね。母さんを独り占めにされてるみたいな気がしたんだ。でも智博は俺のそんな心も見透かしていて、確り気を使うんだよ。俺は兄として情けなかったな。そんな風にして俺たちは育ち、やがて智博は大学に入った。
智博は編集者になりたかったんだ。小説の。よく俺に、面白い小説を誰よりも早く読めるなんてすてきなことができるんだと話していたよ。俺はあいつに比べると読書なんてしないからさ、ふぅんとしか言えなかったね。
でも俺たちの父さんはそんな職は認めてくれなかった。その頃俺はもう親父の会社で働いていてたんだが、それを補佐しろと言うのさ。智博は嫌がった。父さんには優秀な人間がもう何人もいるだろうとかさ、兄さんがいるじゃないかとか。でも――誰も口には出さなかったが、父さんは俺よりもあいつが欲しかったのさ。俺はずっと、父さんより俺の方が上に立つ人間には相応しいと思ってたし、野心があった。今だから思うことだが、まったくハゲタカみたいだったね。対して智博はそんなことに興味はなさそうだった。父さんがあいつを欲しがるのも道理だな。
結局、あいつは父さんの話を蹴って家を出た。
その後、三年間は音信不通だった。父さんとの別れ際の喧嘩のせいで、俺たちは探すことすらできなかった。母さんは暗くなった。俺は母さんに対して、あいつだって子供じゃないんだから大丈夫だとしか言えなくてね。情けないよな。
叔父はちょっと陰鬱な貌をした。
それから私の目をまっすぐに見て言った。
「これから先は、大体君が知っているはずだが、一つだけ隠してきたことがある。聞きたいか?」
私には迷う理由がなかった。