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錯乱ボーイ Left side story ・ White morning glory .

作者: siroErori

こちらも本編すっ飛ばしてサイドストーリーです。

しかも過去編という枠組みです。


むしろこの歳のものでシリーズを書き進めるべきなんだろうなと思わなくもない



 これは彼と私のボーイミーツガールだ。


 私が義務教育を受けられる歳になった頃のおはなし。


 今となっては慣れたこの生活も、当時はいろんなことが起こった。彼も、私たちのような存在に辟易していただろう。


 その頃のことを、わたしはぜんぶ思い返すことができる。彼の忘れてしまったものでも、この視界に収まったものなら、総て。


 だから、彼にはすべてを思い出してもらおう。そうして、どれだけわたしたちと過ごす日々が輝いていたか。

 これ以上を"望むまでもない"のだ、ということを思い知らせてあげよう。


 わたしは語りかける。他にはなにも要らない。黙って、キイテ。



—―————————————


「うるさい!つまんないとか、知るかっ」

彼はそう言うと、あちら側にいるらしい彼女を閉じ込めた。

 わたしはただそれをみてる、目の前にひろがる壁一面をみてる。彼がだれかさんとけんかして、怒っていることだけわかる。


 わたしはなにも言わない。彼がしずかになるのをまつ。



 彼はここ数年、ずっとイラついて、恨めしいという目で周囲に乱暴にあたっていた。

 その原因は、彼が大切な人を亡くしたからだという。

 わたしは、その人のことを知らない。ただ、こんなにも、くるしんで、かなしんで、せつなくて、ぐちゃぐちゃで、ボロボロな彼を見ていると、そのひとの存在が彼をこんな風にするんだなと、感心してしまう。


 彼はいつも、右目の子にむかって怒鳴り散らす。何が起こっているのかは彼の言動だけで知ったものばかりだけど。



『泣くな、喚くな、黙れ、静かにしてくれ。おねがいだ。一人にしてくれ。なんでおまえがいるんだ。出ていけ。邪魔するな。』



 そう懇願する彼の言葉に、あちらさんは全く従わないようだ。彼が一人きりになると、いつでもどこでも始まった(周囲に誰もいない状況でなければあちらさんに言い聞かせられないから、という理由で、実際はいつだってカオスな状態らしい)。


 わたしは、彼の言うことに出来る限り従ってきた。そもそも動き回るという感覚がなかったし、それはわたしに向けられたものではないのだけど。

 彼は未だに、私の存在には気づいていなかった。けど、彼のそういった態度にいつのまにか、わたしがここにいることを悟られるのすら怖くなって、自然と縮こまっていた。


 だからって、身体は勝手に大きくなっていく。彼の言うことも理解するようになって、言葉も覚えた。

右目の子も同様に成長する筈なんだけど、それがますます彼の混乱を助長させる(ほんとうは、あちらの彼女の方が年相応ではあったのだ)。



 言い争い?が始まると決まって、彼は右目を閉ざす。そうすると、一人で穏やかに過ごしていられるらしい。彼が眠りにつくと、私のいる空間は真っ暗闇だ。そうやってやり過ごすのは確かに効果的。

 

 そうすると、必然的にわたしの視界側で彼は日常生活を過ごすようになる。

 尚更、わたしは彼の邪魔なんかしたくないと思った。わたしがなにもしなければ、彼の日常の半分は確保される。


 わたしにはそれを見届ける事しかできないから。

 わたしはここにいて、彼の邪魔をしないようにしているだけでいいんだ。そう言い聞かせた。




 彼が大切な人の死から立ち直ることは無かった。



 ほんとうに、ずっと下ばかりをみていた。

 わたしは生まれた瞬間から、空というものを見たことすらなかったんじゃないかとおもう。

 それくらい、彼はずっと俯いている。それがわたしに見える景色だった。

 唯一、わたしが楽しみにしていたのは、彼が机に座ったときだ。そうすると、決まって別の世界が次々に現れた。

 それはおおきな写真だとか、不思議な形の線の羅列だとか、もうとにかく地面なんか比べようもないくらい不思議な世界が広がっていった。それが嬉しくて嬉しくて、つい声を上げそうになる。



 至福の時は、いつ終わるかわからない。彼はこの世界が退屈らしい。すぐに目の前に本が迫ってくる。そして、その日はおしまい。


 それが悔しくて、わたしはすべてを自分に焼きつけるのだ。


 自分のなかに取り込んで、そうすればいつだって思いだせた。彼がどこを向いていようが、視界が単調に映ろうが、わたしはそれを空想していればいいのだから。

 なにかを学ぶことも、なに一つ苦じゃない。それを学ぶことで、わたしの世界は広がった。彼はやはり目の前の景色に耐えられないようだけど。




 ある時、彼が先生に問題を出される。

 彼は困ってしまい、教科書のなかに答えを必死になって探している。


 そこで、勇気を出してわたしはその答えを呟いてみせた。

 彼は、その答えを咄嗟に口に出す。すると、それは正確で、先生に褒められた。


 あはは、彼は戸惑いながら視線だけ周囲にまわす。当然、彼に対して助け舟を出したクラスメイトはいない。後ろの方でなんだか顔をしかめているやつ、花提灯のやつ、顔をそらす奴、ほほを染めるやつ、いろんなのがいた。




 その後の授業で、急に行われた小テストでつっかえているのを見かねて声をかけた。流石に、深入りしすぎだ。その授業が終わると、真っ先に別の棟の人がだれもいないトイレに駆け込んだ。


 彼は、絶望的、といった表情をする。もう一人厄介なのが存在しているという事実に、つぶれそうだ。



「おい、お前も、ぼくの邪魔、するのか。」



 彼は自分自身を睨む。正確には、わたしのいる、左目を。わたしは後悔していた。もう、見ていられなくなって、口をつぐみ、耳をふさいで、後ろを向く。

 しかし、いつまでもその記憶が離れることはなかった。後ろを振り向くと、まだ彼が私のことをあの表情で睨み付けていると思った。

 世界から、光が消えた。




 そのまま数日が立った。光はここまで届いている。彼は目を開かねばまともな生活が送れないのだから当たり前だ。わたしは、それでも、そのまま後ろを向いていた。彼の日常にあふれる音が、唯一伝わってくる。



ガタン―――ゴトン――――じゃー。プルルルおい、おはよーぐぅぐぅ、きょうは、えーまだかよーージャラジャラ ピーーーーー

おらはやくしろ、この前のテスト一番良かったのは———



 音だけだって、私は楽しんでいられた。わたしは今までの記憶を思い返して、それをつなげて遊んだ。

 唐突に、あの表情が蘇る。


「おまえも、ぼくの———————




いや!わたしは、もうなにも、しないから。ここに、いるだけ。だから、そんな、そんな顔、もうやめて!!!!



わたしはまた、元の暗闇に落ちてゆく。あぁ、もう、耐えられない。


「おい、」


やめてッ————————





「おい、起きてるか?おい、お~い!」


様子がおかしい。わたしは、ほんの一瞬だけ祈りながら、うしろを振り返ってみた。


彼は、鏡の前に立ち、自分の顔に向かって手を振っていた。





「お前のことが知りたい。」

そういうと、彼は昼休みの人の少ない校庭の角のほうまでやってきて、私に語り掛けてきた。


「お前たちは、いったいなんなんだ?」

それは、わたしにだって、わからない。

「いつからここに、いるんだ?どうやって、入ってきたんだ?」

わたしは、答えられない。それは授業にも、本にも、出てこない。わたしには、知りようがない。

「こっちの眼のやつとはどういう関係だ?」

そう言って右目に指さすのが見える。その子だって、本当にそこにいるのかもわかっていない、確かめようのないことだった。



 彼は、質問をいったんやめて、その辺に落ちていた枝を拾う。それで地面に文字を描いて見せた。クエスチョンマークが地面に咲いてゆく。おもしろいもようだ、と思った。


 しばらく彼がそうしていると、視界の端に、緑で埋め尽くされた地点に一か所だけ、白く輝いている点を見つけた。

 多分あれは、花だ。とても、まぶしい。きれい。もっと、近くでみてみたい。



「あれ、」



つい、言葉を発してしまう。

また、余計なことをしてしまった。また、閉ざされる。落胆する。あぁ、なんて馬鹿なことを。


「ん?」

彼は、急に聞こえてきた言葉に反応した。

「あれ、って、どれだ?」

彼の声は穏やかなものだった。すくなくとも、あの時の低くどす黒いものを帯びていたものとは違う。



「ひだり、向うの、花。」


ふり絞るようにそう伝える。そういうと、彼の視界は数回みまわし、ようやく、その白い輝きをとらえた。そこに近づいているのがわかる。




「これか?」

彼はその真っ白な花に指をさして、問いかけた

「そ、そう。」

すこし上擦ってしまった。


わたしは、それだけじゃ止まらなくなっていった。初めて、彼とこうして意思疎通できたんだ。その喜びに、普段見慣れないそのうつくしさに、手を、のばしてみたくなったんだ。




「花、その。手に、とって、みて。」

声が震えていた。彼の耳に届いたか怪しい。



 すると彼は、そんなの、僕がしてたら馬鹿にされるだろ、と嫌そ~な声を出した。

 けど、周りを見回してから左手を伸ばし、花を一輪、茎を千切って手にとった。



 すごく、かわいらしい花だった。学校の授業にも、物語の文章にも、写真ですら、ありえない。目の前にあるその姿に、わたしは目が離せなかった。

 私はいつものように、その花のあり様を全身に焼き付けた。しばらく、そうしていた。





 黙ってみていると、わたしはつい、無意識に、いつのまにか、目の前の境界線の、その先にある彼の左腕に、自分の腕を重ねてしまっていた。




「ぎゃっ」



 視界が反転した。彼は急にわたしの真っ白な手が出てきて、驚いて跳ね上がったのだ。

 わたしも、おどろいて腕をひっこめた。花が、どこかへ飛んで行ってしまった。あぁ



 目をぱちくりさせて、彼は自分の腕を視界に収める。もうわたしは後ろに引っ込んでる。クスクスと、笑いをこらえていられなかった。

 彼は何か思いついたのか、途端に近くの茂みに腕を突っ込んだ。なんだろうと思い、近くに寄っていった。



 そこにはそこにはうじゃうじゃ蠢く暗闇よりもおぞましい集合体が犇めき合っていた。



「キャあああああああっ」

思わず声を上げてしまう。彼はげらげら笑った。仕返しされた。今度はあのうじゃうじゃが焼き付いてしまった。あ、あ、いや、花、花はどこ




 その時初めて、彼は笑った気がした。本来の、彼のやんちゃな姿がそこにあったんだ。

 わたしはその姿が気になって、いつものように焼き付けたいと思った。 虫なんかいらない


 けど、回り込んでみても彼の瞳しかそこに存在していなかった。彼の姿はどこにもない。わたしは、彼の視界からしか世界を見ることはできないんだと、ここで改めて知ることになる。




「おまえ、結構かわいいな。」

かれはそういった。それは、わたしに向かっていったのか。そうか、わたしは、こちら側にいるのは初めてのことだったんだ。

「ありがとな」

お礼を言われた。

「いつも、授業で助けてくれていたのはお前だったんだな。」

彼の声は、先ほどの花と同じ種類の、色を纏っている気がした。




そう、わたし、わたしだよ。

わたしは、ここにずっと、いたんだよ。




「ごめんな。気づいてやれなくって。」

わたしは、思わずその場にへたり込んでしまった。どうしてだろう。こんな、目玉がこっちをじぃっとここにあるだけなのに。



「お、おい!ちょっと、ここにいられたら、なんも見えな—————



 わたしはそこにいて、声を上げて泣いた。今までの時間が、ここで報われたようなきがした。限界だったんだ。あの表情のことも、言葉も。

 


 全部、洗い流されていく感じだ。全身に刻まれていたしるしのようなものが、埋め尽くされてゆく。



 あとからわかったことだけど、このときわたしは、全く彼との距離感というものを理解できておらず、視界にはわたしの顔が、泣き止むまで延々と映し出されていたらしい。その日はもう、かれは右目を使うことを余儀なくされ、

 彼のいつもと違う姿に右目の彼女もはしゃいでしまうのだった。



 こうなると地獄で、彼はその日すぐ脳みそがパンクし、学校を早退した。

 わたしはもう、彼の前で泣くのはやめようと決めたのだった。

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