第8話
いつの間にか常導神は今の自分より老けており、着衣は襤褸へと変化していて肌の露出した部分に痣と血の滲みが浮き出し、両腕には環状の錘が付けられていてそれが次第に増えている。
『一体何が起きているんだ!?』
不安混じりにそう思った瞬間、彼の供述とともにその場面がはっきりと脳裏に浮かんだ。それは眼を開けていながらも視界を奪うほど鮮明なものとなってゆく。
そして叙述は成人以降のものへと進み、就職、転職の失敗、そしてディスカウントストアのアルバイトで生計を立てながらも遊び癖の抜けない日々が露になる。
彼が妻と出会ったのはここだった。
美智枝は地味な女でしかも残念な容姿の持主だった。
研次も彼女に全く興味を持っていなかったが、ある時彼女が小規模ながらとある企業の令嬢だと知った。
それ以来、彼は自分の感情ではなく金銭目的だけで巧みに彼女に近づき、やがて結婚に至った。
その目論み通りに研次は義父の企業に潜り込み、更には借金の肩代わりという恩恵も受けた。
新天地での研次は表向きの人当たりの良さを活かし、営業で頭角を現すと徐々にその地位を確立していった。
コネでの入社ではあるが支店の営業部長まで昇格できた実績は本人の自負するところである。
ただ、その企業は悪徳リフォーム業者だった。
研次は持ち前の特技で言葉巧みに点検を装ってターゲットである高齢者に近づき、不安を煽る詐偽紛いのことから酷いものでは認知症の老人に恫喝するなど犯罪と呼んで差し支えない仕事ぶりだった。
この頃にはもう自分は深い海底から研次を窘める言葉を叫んでいるようなものだったと常導神は当時を振り返る。
『俺は結果を残している!その証が現在の富だ!』
研次はそれを誇りに邁進し、部下にもその生き方を強要した。
結果を残せない者は会議で槍玉に挙げ、教育の名の元に振るわぬ営業成績を自答させ、反省を問い、文字にして読ませ、それをシュレッダーにかけさせるといったことを繰り返し、何度も自覚を問うといった拷問のような行いもあった。
当然精神に異常をきたし退社する者も出たが、悪運の強さからか研次に害が及んだことはなかった。
さらに彼は家庭を顧みることをせず、妻を大事にすることもなかった。
元々好きで一緒になったわけでもない美智枝に愛情などあるはずもなかった。それでも婚姻を続けるのは彼女が勤め先の創業者の娘であることと遺産目的でしかない。
だから研次は彼女には毒づいたりしないが必要以上のコミュニケーションも避けていた。
結果的に彼は極力自宅を避け、休日はなるべくゴルフの予定を入れ、平日は仕事が終わると部下を連れて飲み歩いた。
その行為は役職者として部下からは厳しくも気前の良い上司というイメージを植えつけることと美智枝に帰宅の遅さを黙認させる両方の役割を上手く果たした。
そして供述は最終局面へと近づいてゆく。