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over and over  作者: 富士江 三蔵
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第4話

左右に篝火が並ぶ石畳の先に重厚な屋根とそれを支える柱で築かれた、立派な門が見える。

縄などで自由を奪われることはなかったが、研次は官吏の前を歩かされている。


逃げることも頭によぎったが後ろの男はどう推測しても警官のような者にちがいなく、再度捕まればどんな目に遭うか分からない。更にはこの世界の勝手も土地勘もなく、それは諦めざるをえなかった。

せめて官吏に何か話しかけて緊張を和らげたいが背中に感じる威圧感はそれを許しそうになく、真っ直ぐ歩けという指示の後は彼も口を開かない。

カウンセリングとはおそらく柔らかい表現を使用しただけで自分はこれからどこかで裁かれるのだろう。

現世での自分の罪を知る研次は閻魔大王のような存在に詰問される妄想しかできず、もう気が気ではなかった。


「あの!・・閻魔大王・・さんに裁かれるんですか?」


膨らむばかりの不安を緩和させたい気持ちに辛抱できず、研次の口が開く。

官吏が取り合わなければそれまでだが、研次はすがるような思いでそれを実行した。

彼が応じてくれればその内容が自分の想像通りだったとしても心の準備はできる。

それにどのみち相手のあることなら交渉に入る前に少しでも情報を引き出したい。

そんな意味もあった。


「ほう、そういうのが好みか!?でも残念だな。そんなもんはいねぇ。担当は人格者揃いだが・・まぁお前の態度次第じゃもっと怖いことになるかもな。」


官吏は一笑してそれに答えた。


門から先の社殿のような建物までは50メートルほどで、石畳は門と同じ幅に縮小していて一本道に延びている。その外側には等間隔で石造りの灯籠が並び、地面は白玉砂利に覆われていた。

おごそかなそれらを目にして研次の背筋は無意識に伸びた。


社殿の階段を昇り、朱塗りの太い柱の並ぶ回廊を進むと左手に広間があり、その中央には文机ふづくえで文官と思しき者が書記に勤しんでいた。


官吏がざっと経緯を説明すると文官は木札を彼に渡した。

それには“肆”とだけ記されている。


そこから官吏は研次の横に付いた。

先へ進むと“壱”の文字が彫られ、朱の塗料で埋め込んだ黒い扉から始まり、それは“弐”、“参”と続き、その隣の“肆”と木札の文字が合致する。


「おい、老婆心から一つだけ教えといてやる。くだらねぇことは考えるなよ。」


研次に向き直って彼は念を押すように言った。


「くだらないことって・・?」


「すぐに分かる!難しいだろうが・・まぁ、しっかりやれよ。」


時間切れとばかりに官吏は木札を扉の金具に差し込みそれを引き開けた。


研次は背中を押され、つんのめるように部屋に入った。踏ん張って顔を上げると目の前に小さな机の前に手を組んで少年が座っている。同時に彼から左横には裁判で見る証言台のようなものも目に入った。

その2メートル手前に背もたれの付いた黒い椅子が置かれている。

眼前の人数が多ければ大企業の面接のような配置である。


少年は中性的な美しさを持ち、眉目秀麗で聖徳太子のような装束をしていてにこやかにこちらを見ている。

その傍らには金剛力士像を生身にしたような諸肌脱ぎの偉丈夫な男がはべっていて対照的に研次を睥睨へいげいしていた。

男の右手は黒い棒の細い部分を握りしめていて、左手は反対側を支えるように下から持ち上げており、地面と平行になったそれはやや太めのバットを連想させた。


「どうぞお掛けください。」


そのままの表情で彼が声をかける。


「あの、ここは・・?」


「ええ、貴方の頭の中は疑問で一杯なんでしょう。・・大丈夫です。ここで貴方を罪に問うわけではありません。今から行うのは進路相談のようなものです。まずは安心して下さい。この男も貴方が大人しくしていれば危害を加えません。さぁ、どうぞ。」


闘志を剥き出しにしたような男を気にせずにはいられない研次だったが今は従うしかない。


「奴らの目的はなんだ?」


仕方なく少年の向かいに腰掛けた研次は目だけで素早く周囲を確認する。


『気を抜けば天井から仕掛けられた“何か”が襲って来るかもしれない。』


屋台での一件が元々強い彼の猜疑心をより深いものにさせていた。それ故にそのあとの思考はここからの脱出に備える為の情報収集と逃走経路探しに傾いている。


「・・天井から何も落ちてはきませんよ。それに誰も貴方をおとしめたりしません。」


落ち着きなく目玉を動かす研次に少年は少し呆れたものを混ぜた笑顔でさとした。


『!!・・このガキ、勘がいいのか!?』


「ブレイモノメ!」


研次がそう思った刹那、御側おそば付きの男が咆哮し、棒を右肩に担ぐように持ち変え、一気に前に出る。


坊鬼ぼうき!ひかえよ!」


研次を打つために振りかぶる態勢に入った坊鬼は少年の声に止まり、『しかし・・』といった表情で彼を見つめる。


「よいのです。下がりなさい。」


彼は研次を見下ろし、鼻息も荒くまた元の場所へと戻っていく。

研次はその迫力にも喫驚したが、加えて間近で見た棒に息を呑んだ。遠目では分からなかったが棒には尖りの鈍い鋲が無数にあり、所々に髪の毛とどす黒く変色した肉片が付いていた。黒という色が隠しているがきっと多量の血痕もこびりついているだろう。


「・・羽黒さん、貴方の思考は筒抜けなんですよ。それに私はこう見えて貴方より先達せんだつなんです。私と話す気がないなら強制送還になりますがどうします?」


自分に向き直って放つ少年の声に冷たいものを感じる。

威厳に満ちたそれに研次は交渉をできるだけ優位に運ぶという方針に変えざるを得なかった。


「・・いや、すみません。なんか落ち着かないもので・・失礼しました。」


誤魔化すような言い訳を口にして卑屈な笑みを浮かべながらも研次はまだ心底屈服していない。


「それでは説明に入ります。・・まずここでは先ほど申し上げましたように進路、つまり来世での貴方の人生の条件を決めます。

あなた方のイメージならプロ野球などの契約更改のようなものです。これは貴方が話し合いを拒否、またはそれと看做みなす行為、行動があれば打ち切られ、こちらが勝手に決めた宿命を歩んで頂くことになります。これが強制送還です。

申し遅れましたが私は“岐司きし”と呼ばれております。

現世と隠世の分岐にあってその進路を司るという意味の役職名です。どうぞそのままお呼びください。

それと、この坊鬼は貴方の悪心に反応しますのでどうぞ心根の毒気を出されませんよう忠告しておきます。」

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