第20話
現時点でゴキブリとしての四度目の再生から一月が経とうとしていた。
研次は相変わらず真知子の前にその姿を現すこともできず、不定期に襲ってくる岐士との言質のくだりに煩悶しながら身の安全を確保するだけの日々を徒に送っている。
ただ、あれから他のゴキブリは見かけなくなった。
それによって縄張り問題が解決したのは良かったが、最近ちがうものが浮上してきた。
徐々に思考が鈍くなってきたのである。
それに気づいた研次は簡単な計算を試みたのだが既に二桁の足し算、引き算もできなくなっていることに驚愕した。
それに加え、人間だった頃の記憶も所々曖昧になっていたり抜け落ちたりしている。
それは日を追う毎にじわじわと悪化の一途をたどっているようだった。
―自分の魂がゴキブリの体と同化しかけている―
そう感じざるを得ないのは物思いに耽っていたはずの自分が気がつけば三角コーナーの生ゴミを貪り、それに対する抵抗もなくなってきているからだった。
『もうすぐタイムリミットなのかもしれない・・』
前世の記憶と自我の消滅が人として戻れなくなる時だろうと研次は悟った。
『このままゴキブリとして俺は終わるのか・・』
最早涙を流すこともできないがその心は咽び泣いていた。
こんな状況だからか、思考は後悔と懺悔を繰返し、今では迷惑をかけたすべての人々に詫びたいほど自責の念に駆られている。
―自分の利益しか考えずに他者を踏み躙り、己の欲望のまま、それを満たすが為にのみ生きる―
研次は自分の前世における生き方に初めて疑問を持った。
『そんなことはゴキブリでもやっていることじゃないか。
ならば人間だからこその生き方とはどういうものだ・・?』
今は岐士が言っていたものが重要であることなのは朧気ながら分かりかけている。
そしてそれが前世での自分の生き方とは程遠いものであることの自覚も芽生えてきた。
それに伴い、苦しくとももう一度人間としてやり直せるなら真摯に生きてみたいと研次は思ったが、多分それも叶いそうにない。
研次はため息をつくようにキィと鳴いた。




