第2話
小道の終わりは大通りへと繋がっていた。
どうやら最初の地点は本筋から脇道へそれた場所に位置するようだ。
ここは先程と違い、裸電球や提灯が連綿と続き、辺りに暖かい光を注いでいる。人々の形も打って変わってカジュアルなものからスーツ姿や七福神のような衣装を纏ったような者もいて、研次にはハロウィンのようなコスプレのイベントを連想させた。
皆、穏やかな表情をしているが喋っている者は確認できない。
そんな集団は切れ間なく、全員が向かって左の方向にぞろぞろと歩いている。
そこをふと見ると見たことのない食べ物を並べた暖簾のない屋台も点在していてその様子は喧騒のない、寂れた縁日さながらだった。
道は3車線ほどの広さを保ち、緩やかな曲線と上下の勾配を有しながら灯りと共に遥か先へと続いている。
注意深く状況を確認した後、彼は人通りの多い商店街で店を出るような要領で人混みに合流した。
何かあればすぐに脇へ出られるよう彼は左端を歩く。それにはにこの見窄らしい姿で真ん中を行くのは気が引けたという理由もあった。
一旦流れに乗ると止まれないことに気づく。追い越す者もいないが自分の速度もなぜか変えられない。その不安に何度かちらと後ろを見るが後続との距離は2メートルほどの間隔から常に変わらない。
息が上がったり疲れたりもしないが彼は徐々に空腹を感じだしていた。
『死んでも腹は減るのか・・随分想像とはちがうもんだな。時折見かける屋台は利用できるんだろうか?』
そう思った矢先にそれが見えてきた。
『とりあえず寄ってみるか・・』
そう思うといつの間にか彼は道を離れ、屋台の前に立っていた。
それらの店は通路から少し脇にあり、屋台を囲むようなスペースが設けられていた。人の流れが車であるならサービスエリアのような感じである。
鉄板にはお好み焼のようだがそうではない、ソースとはちがう、得もいえぬ匂いが漂い、空腹を煽る。
「それ・・頂けるんですか?」
「500マルカですよ。」
店主はうっすらと汗を滲ませながら9枚のお好み焼らしきものの焼き加減を注視して、目をそこから離さずに軽く目尻を下げる。
当然、研次がそんな聞いたこともない貨幣を持っているはずはない。
気恥ずかしさも手伝い、咄嗟に彼は店の端へと移動し、胸やポケットもない腰辺りをまさぐり始めるがそれを尻目に次の客が来た。
気品のある、グレーのスーツ姿の穏やかな老人だった。
「一つ、頂けますかな・・あと酒もお願いします。」
「いらっしゃいませ。あちらに掛けてお待ちください。」
老人に着席を促すと店主は焼き上がったものを手早く黒い焼き物の皿に盛り、小さめの酒甕や酒器と一緒に盆に載せ、いそいそと卓へ運ぶ。そしてひとしきり給仕を終えると恭しく頭を下げた。
明らかに自分との対応の差に研次は耐え難い憤りが沸いてくる。
「ちょっと!さっきの人、金払ってないよね!?どういうこと!?」
胸の内側に薄い布製の財布らしきものを見つけた研次だったが中身は空だった。その悔しさも手伝って彼の口調は刺々(とげとげ)しいものになる。
「あぁ、あの方はとても徳が高いのでお代はいらないのです。」
「はあ!?」
研次は現世では高級車を乗り回すような富裕層の人間だった。
人に頭を下げるより下げられることのほうが多い立場で過ごしてきた。
それが今、見窄らしい姿にさせられ、見下されるような立場になっている。
「徳ってどういうこと!?」
営業で勝ちを手にしてきた弁舌で研次は食らいつく。このまま舐められたままでは終われない。
「・・お兄さん、ここは隠世。徳の高さが全てなんですよ。・・娑婆とはちがうんです。」
店主は穏やかながらやれやれといったものが混じった表情で諭すように返した。
「それなら金は!?どうやって手に入れるのさ!」
「・・普通の方なら初めから胸の財布にある程度入ってるはずですよ。それには娑婆での供養された人々からの感謝の気持ちや供物がマルカとなって加算されるんです・・。ただ、あなた方の服装の方は・・」
言いにくそうに言葉を選んで店主は説明したが要約すれば研次がこの世界ではかなり残念な者であることを告げるに過ぎない。