第12話
岐司はこんな光景を見慣れている。
だが、これが本心であっても遅いのだ。
どんなに彼が悔やもうと岐司が罪を消すことは出来ない。
自分の罪業を贖うことは反省で済むほど軽くはない。
岐司はそれを理解して欲しいのだが、この階に来る下級な亡者は押し並べてその心薄く、最後は大体こうなる。
違いがあるとすれば坊鬼に打擲される回数くらいである。
自分の落ち度を認めない、またははぐらかすような者は研次のように自分の常導神によって追い詰められ、最後には誇りを投げ出して命乞いに近い態度を取り、険しい来世を受け入れようとはしない。
その全者一様に岐司は辟易としている。
ここからの展開は保留になるか、取り乱して強制送還になるかが相場だった。
「羽黒さん、とりあえず保留にしますか?
少し頭を冷やすのもいいかもしれませんよ。
ただ、猛烈な飢えと乾き、それに加えて前世より以前の記憶も少しずつ甦り、貴方を苦しめるかもしれませんが・・」
取り乱すに近い状態で空腹どころではない研次だったが、屋台での空腹感の強さは現世より強かったのを覚えている。
それに岐士の提案が呼び水となって広場での亡者達の姿を連想させた。
精気無く、憔悴しきった彼らは生きる屍のようなものだった。
重い足取りで進んでいた者は空腹に耐えきれなかったのか、若しくは覚悟を決めてやっと転生への踏ん切りをつけたにちがいない。
悪辣のまま生涯を終えた者には行くも地獄なら留まるのも地獄である。
研次は苦しみながら何も得られない後者より思い切って前者を選んだようだった。
彼は平伏を直り、再び椅子に座ることでそれを岐司に意思表示した。
「羽黒さん、殊勝な心がけですね。」
それを見て岐司は安堵した。
彼にある憐憫はどんな者であれ、坊鬼に打たれるの姿など見たくはないし強制送還に踏み切る選択もできる限り取りたくない。
「では出生地ですが、候補は・・」
「・・岐司さん、どうか、どうか真知子のところへ行かせて頂けませんか!?」
途端に相好を崩しつつあった岐司の表情に曇りが射す。
「・・いや、無理なこととは分かっています。その・・人間でなくてもいいんです。ペットとかでもいいんです!」
それを見て研次は矢継ぎ早に言葉を繋げる。
「それはできません。人は人にしか生れ変われないのです。それに貴方が再び彼女と縁を持つにはまるで徳の度合いが相応しくありません。単位で言えば十と億ほどの位の差です。」
この期に及んで虫のいい提案をしてくる研次に対して岐司は失望が募る。盗人猛々しいとはよく言ったものでやはりこの男も厳しい人生に立ち向かいたくはなく、反省の意味など理解していないに等しい。
「岐司さんはさっき、愛情を学んでいないと仰いましたが私は誰より彼女を愛していたはずです!」
全く偏屈な“愛情”を臆面もなく主張し、訴える研次の必死さが憐れみを通り越して滑稽に映り、岐司は思わず失笑してしまった。
「何がおかしいんです!?」
研次が僅かに語気を荒らげる。
「いや、失礼。笑ってはいけないですね。・・それで彼女の元へ行ったとしてどうするのです?」
ぴくりと動きを見せる坊鬼に視線を遣らず、岐司は右手の掌を向けて岐司は彼を抑える。
「・・真知子とはもう会えないのでしょう?・・それならせめて最後の別れを告げたいのです。」
「・・それは本来持ってはいけない愛情ですよ。
・・しかし困りました。貴方は次の人生を受け入れたくないようですが、かといって真知子さんに会いたい気持ちにも嘘はないようですね。
う~ん、未練や強い執着心は転生の妨げになりますからこれは捨て置けないですね。
・・では彼女の元へ行けばそれを実行できますか?」
「もちろんです。」
「・・よろしい。ならば笑ってしまったお詫びも兼ねて特別に計らいましょう。
但し、貴方には虫として転生していただきます。勿論、どの種類のものになるかも選べません。
さらに体は時折自分の思うように動けない時もありますし、ぐずぐずしていると人間としての魂に戻ることができないかも知れません。
人間から人間以外の転生はそれぐらい無理のあることを理解してください。
それと、真知子さんが辛い思いをすることになるかもしれませんがそれでも受諾しますか?」
変わり果てた姿になった自分に気づけば真知子も辛い気持ちになるだろう・・そう思ったが研次は迷いなく岐司の示す条件に同意した。