第11話
常導神が一通り述べ挙げると一瞬静寂が室内に漂う。
研次はどうにもばつが悪く、俯いたまま動けない。
「どうして・・」
沈黙を破ったのは常導神だった。
「どうして私の言葉に耳を傾けてくれない・・どうして私を蔑ろにする・・どうして私に気づいてくれない・どうして・・どうして・」
見る影もなく老け込み、錘で腕の自由もままならない常導神は掠れた声を絞り出し、ざんばらの白髪を振り乱しながら足を引摺り、研次へと近づいていく。
その姿と彼の途切れない問いに研次は恐怖して声を発することも出来ず、目を見開いた。
「どうして・・どうして・」
「ひっ!」
血の涙を流す常導神の顔が研次の眼前に迫ると彼は咄嗟にそれを拒み、両手で彼を突き飛ばした。
常導神の錘で重くなった体は後方によろめくが倒れず、踏ん張った反動で今度は逆方向につんのめる。その瞬間、体の重さに首だけがついていかず、彼の頭部は胴体から離れ、ぼとりと落ちた。
首の断面は研次に向いて無言の抗議のように鮮血を迸らせる。
『~!~!~!』
声にならない叫びを起こしながら研次はなす術もなく地面に体を丸め、頭を抱える。
『助けて!・・助けて!!』
生温かい血が真夏の土砂降りのように研次へと降り続ける。
「どうして・・どうして・」
地面に落ちた常導神の首は苦しそうな声で研次の耳元に訴えかけ続ける。
『ひぃぃぃ!!』
次第に頭の中で研次の心の絶叫と常導神の声が増幅されて渦巻く。
自分の体が高速で回転するような感覚を覚えて気を失った瞬間、彼は元の椅子に座っていた。
「・・どうです。彼の供述に間違いがありましたか?」
その声にはっとして顔を上げるとそこに常導神の姿はなく、穏やかな表情の岐司とその横に坊鬼だけが最前のまま位置している。
思い出したように視線を落とし、両手の平を自分に向けながら体を見たがそこには血の一滴もない。
「・・今のは一体・・?」
「夢や幻ではありませんよ。それと彼をあそこまで傷つけたのは紛れもなく貴方です。それを突き飛ばすとは感心しませんね。」
「あの・・私の常導神という人はどうなったんですか?」
「・・先程も申しあげましたようにここで死はありません。それは常導神も同じです。尤も彼は瀕死の状態ですがね・・。
ただ、その傷を癒せるのは貴方しかいません。
どうか来世では彼の言葉に耳を傾け、一緒に歩んでください。それが徳を積むことになり、彼もそれで救われます。
・・さあ、もういいでしょう。
そろそろ次の人生の事を色々と決めていきましょう。」
「・・私の次の人生は相当悲惨なものになるんでしょうね・・」
「・・残念ながらかなり苛酷なものを覚悟して頂かなければなりません。
・・生まれる場所には紛争や貧困が絡んだり独裁者が跋扈する、そういったことに準じたところになります。
そんな厳しい環境で短くはない期間、貴方は人を苦しめた応報として理不尽な圧政や暴力に苦しみ、耐えるところから貴方は学び直すのです。」
―今までに危害を加えた者達の恨み辛みが獄卒と成り代わり、来世で自分を一生責め立てる―
テレビで見覚えのある悲惨な国の状況に自分の想像が重なるとそれはなぜかはっきりとイメージとして浮かび、研次は背に冷たいものを感じた。
裁判官のような役目の岐司は言動こそ穏やかだが付け入る隙はない。どうにか状況を変えようにも弁護してくれる者はなく、完全なる証人により惚けることもしらばっくれることもゴネることも能わない。
「そんな!人を殺したのは悪いことですが前の世界でも一人なら懲役7年てとこですよ!」
「殺人でも防衛のためのものから過失、そして己が利益だけのものでは当然罪の重さは変わります。
しかも貴方は私利私欲の為だけに恩もあるはずの美智枝さんに感謝の心もなく、あろうことか仇としたのです。
人の生は幽波を高めるための修行だと先程説明しましたが、貴方は何の権限もなく美智枝さんのそれを死に至らしめて阻害しました。
これは人の天命を決める“大いなる存在“に対して僭越行為を犯してもいるのですよ。
また、貴方は自分をも殺しました。
人は現世に於いて食べなければその生を維持できません。そのために多くの生命を犠牲にしなければならないのですが自殺はそれに対しての非礼に当たります。
そして自殺もまた、病気や労苦からのものや人々に何かを訴えるものと罪逃れのためだけのものでは全く罪の質が異なります。
貴方は自ら招いた自身の転落から逃れるために前回の岐司との契約を一方的に破棄したのです。
更に貴方は細々と暮らす無辜な年配者を騙し、生き血を吸うように生きました。そのなかには失意で亡くなった方もおられるのですよ。
その他にもかつての部下をはじめ多くの方にも酷い心の傷を負わせました。
貴方に良いところが全くなかった訳ではありませんが常導神を無視して人への労りや親切心、優しさや慈悲の心、そんな愛情を学ぼうともしなかったことを差し引くとこのような結果になるのです。
気の毒ですが貴方は受け入れるしかありません。 」
『・・そんな!・・なんで!?俺は競争社会の勝ち組なのに!・・なんで!・・』
「往生際が悪いですよ。」
岐司がそれを読み取り、涼やかなものに憐れみの表情を滲ませる。
「申し訳ありません。私がすべて悪かった!ですから何卒・・お慈悲を!・・お願いします!」
「やっと反省する気になったのですか?」
「はい!申し訳ありませんでした!!」
形振り構わず研次は土下座した。