レモン味のシャーベット
ドアをノックする音に、私は慌てて水の魔石と風の魔石を使った。水の魔石で顔を洗ったり目を冷やしたりした後、風の魔石で乾かすと、はい、元通り!
「どうぞ」
「開けるぞ」
声を掛けてきたのは、フィオ様だった。だけど、ドアを開けたのはオルランドさんだった。オルランドさんの手元にはトレーが乗っている。
「ここまでで良い」
「かしこまりました」
フィオ様がオルランドさんに向かってそう言うと、オルランドさんは一礼して去って行った。その際、持っていたトレーはフィオ様にバトンタッチされている。
バタン、とドアが閉まると、フィオ様はトレーを持ちながらこちらに向かって来た。
私はそれを見て、少しビクビクしてしまった。だって、まだ怒ってるのかもしれないから。さっきよりは変な様子は見られないけど、それでも恐れてしまう。
「スープはどうだ?飲めているか?」
「えっ?…ああ、はい。飲んでます」
「そうか」
フィオ様があまりにも普通に話し掛けてきた事に、私は拍子抜けした。ビクビクしながら身構えていたのに、相手は何事もなかったかのようにしているのだ。さっきのは、一体何だったんだろう?私の気のせいだったの?
いや、気のせいじゃないよね。私の悲しくて淋しい気持ちは、確かに存在していたのだから。そして、その気持ちはまだ心の中にある。
「気持ちは悪くないか?」
「はい、大丈夫です」
「それは良かった。だが、そしたらこれは必要なかったかもしれないな」
「ん?何がですか?」
「これだ」
フィオ様はトレーの上に乗っている物を手に持って、テーブルの上に置いた。
「レモンのシャーベットだ。これならサッパリしていて食べやすいだろう?」
「…はい、そう、思います。これは、フィオ様が?」
「そうだ。料理長に頼んでみたんだが、すぐに用意してくれてな。流石、料理長だ」
フィオ様は嬉しそうに料理長を褒め称えているけど、私にとっては重要なのはそこじゃない。重要なのは、『フィオ様がお願いしてくれた』というところなのだ。
フィオ様は私の向かいの席に座りながら、言葉を続けた。
「一緒に食べようと思って、私の分もここに持って来たのだ。食べられそうか?」
「…はい。食べられます。ありがとうございます……」
「スープはもう終わったか?シャーベットをすぐに食べるか?」
「スープはもう飲み終わりました。すぐに食べます」
「そうか。では、食べようか」
「はい、頂きます」
私はスプーンでシャーベットを掬うと、口に運んだ。口に入れると、冷たくて甘酸っぱくて美味しかった。
パクパクパクパク……。
レモンシャーベットを次々と食べて涼しくなりながらも、私の心は温かくなっていった。
ー良かった。フィオ様、怒ってないみたい。私、嫌われてないみたい。
フィオ様が私を気遣ってくれた事が、嬉しい。私の為にレモンシャーベットを用意して貰った事が、嬉しい。
良かった。良かった。
そう考えていると、いつの間にか私の目に涙が浮かんでいた。気がついた時には、もう遅かった。私の涙がポロポロと流れ落ちてきてしまったのだ。
そんな私の様子に驚いたのはフィオ様だ。まあ、当たり前だよね。誰だって、突然、目の前にいる人が泣き出したらびっくりするよ。
だけど、フィオ様に迷惑がかかるから、すぐに泣き止まなくちゃと思っても、すぐに泣き止めないのだ。
「ど、どうした?あ、頭が痛むのか?冷たいものを食べると、頭が痛くなるからな。大丈夫だ。すぐに治るからな」
フィオ様が慌てた様子で、私に聞いてくるけど、私は首を横に振った。
「じゃ、じゃあ何だ?どうしたんだ?また故郷が恋しくなったのか?」
私はそれにも首を横に振った。少し当たっているけど、私が泣いてるのはそれが理由じゃない。
「では、何だ?具合が悪いのか?」
ふるふるふる。
首を横に振り、私は口を開いた。
「わ、私、フィオ様に、き、嫌われて、しまったと…」
そこまでは言えたけど、泣いててそれ以上は上手く言えなかった。けれど、そこまででも十分フィオ様には通じた様だった。
「そんな事はない!嫌いになってなど、いない!!なぜ、そう思った?」
「お昼ご飯の前、フィ、フィオ様、私の事を、み、見ようとも、しなかったから……」
「ああ、あの時か……」
フィオ様は右手で目元を覆うと、上を向いてしまった。そして、そのまま『あー』とか『うー』とか唸りだした。
フィオ様はどうしたのかな?
フィオ様のその姿に驚いて、私の涙は落ち着きを取り戻した。びっくりすると、涙って止まるんだね。
「あー、その、すまなかった。あれは、その、顔を見られたくなかったからであって、断じてルーナを嫌いになった訳ではないのだ」
フィオ様の釈明を聞いて、私は納得した。
「ああ、なるほど。あの時、フィオ様、照れてらっしゃいましたものね。それで…」
「……そうだ」
「その、良かったです。私、てっきりフィオ様を怒らせて嫌われてしまったのだと思ったのです。ですが、戻って来られたフィオ様が私を気遣って下さったので、嫌われた訳ではないのだと分かりました。それが嬉しくて、ほっとしたら涙が出てきてしまったのです。すみません。フィオ様を困らせるつもりはなかったのです」
私はフィオ様に頭を下げて謝った。結局、困らせて迷惑をかけちゃったからね。
「いや、私こそ変な態度をとってすまなかった」
「いえいえ、お気になさらないで下さい」
「いや、気にするぞ」
「いえいえ。私こそ申し訳ないです」
「いや、謝る事はない」
「いえいえ…」
そんな感じで私とフィオ様は、その後もしばらくお互いに謝罪し合っていた。




