スープの味は涙味
私は泣きたい気持ちを堪える為に、布団にもぐりながらスーハースーハー…と何回も繰り返して深呼吸をした。本当は、泣きたい時には泣いてスッキリした方が私には良いんだけど、今は我慢だ。ここが自分の部屋なら、私は思いっきり泣いた事だろう。けど、ここはフィオ様の部屋だもん。ここで泣く訳にはいかない。
ただでさえ、お酒を飲んでそのまま寝た上に二日酔いと、これでもかと迷惑をかけているのだ。この部屋で泣いて、戻って来たフィオ様に泣いた事に気がつかれたら、また迷惑をかける事になる。きっと、フィオ様は私に怒っていても、私が泣いていたら気にしてしまうだろうから。
何とか涙を抑える事に成功した私は、のそのそと布団から顔を出した。
そして、余計な事を考えない様にと、とりとめのない事を考え始めた。考えるのは、ピーラーとスポーツドリンクの事だ。ピーラーは、キャベツの千切りが出来るワイドサイズも必要かな?とか、スポーツドリンクは溶かして作れる粉末も作れると尚良いなーとかね。
そんな事を考えてると、廊下に続くドアがノックされた。オルランドさんかな?
誰か分からないから、一応返事はしないでおく。すると、ドアが開いて誰かが入って来た。
「失礼致します」
その声を聞いて、私は安心した。声の持ち主がオルランドさんだったからだ。オルランドさんは、寝室へ
続くドアをノックすると、私の返事を待たずに話しかけてきた。
「ルーナ、大丈夫ですか?こちらにスープを置いておきますね」
「…ありがとうございます」
「では、飲める様だったら飲むのですよ」
「分かりました」
「では、お大事に」
オルランドさんはそれだけ言うと、すぐに部屋から出て行った。
私は、フィオ様のベッドで休んでる事と二日酔いで仕事を休んでる事を怒られるかもしれないと思ってたから、オルランドさんのその態度に少し拍子抜けしてしまった。
「良かったぁ」
それは正に、色々な意味が込められた『良かった』だった。
1つには、単純に怒られなくて良かったという事。
それと2つには、今の私は水が入った水風船みたいだから、つつけば水が流れ出てしまうという事。普段だったら怒られて普通に反省出来る事でも、今の私だと少し言われただけで泣き出しかねない。だから、良かった。
私は、オルランドさんが持って来てくれたスープを飲むべく、起き上がった。
「うぅ」
少し起き上がっただけでも頭がズキズキと痛んでくる。これは辛い。
私は気力を振り絞って、ヨロヨロと歩を進めていった。そして、何とかスープまでたどり着く事が出来た。長い道のりであった。
いや、本当はすごく近いんだけどね。今の私には長く感じられたのさ。
私はスープが置いてあるテーブルのイスに座ると、両手を合わせて挨拶をした。
「いただきます」
スプーンを持ち上げて、スープをすくう。そして、恐る恐る口へと運ぶ。
パクっ。…ゴクン。
「美味しい」
私はまだ全然食欲なんてないし、スープを飲んで気持ち悪くなったらどうしようと戦々恐々としてたんだけど、飲んだスープはそんな私の恐れなんて吹き飛ばす勢いで私の五臓六腑に染み渡った。
また1口、そしてまた1口とスープを少しずつ飲んでいく。シンプルな塩の味付けなんだけど、それがとても美味しい。
だけど、私はスープを飲みながら考えた。『そういえば、二日酔いにはお味噌汁が良いって聞いた事がある気がする』と。
お味噌汁かぁ。飲みたいなぁ。特にお豆腐と油揚げが入ったお味噌汁が。お母さんが作ってくれたお味噌汁が飲みたいなぁ。
料理が苦手なお母さんだけど、お味噌汁は普通に美味しいんだ。
お味噌汁とお母さんの事を思い出すと、日本の事が次々と思い出されていった。
日本の家族、友達。会いたいなぁ。
フィオ様に嫌われて、もうここにはいられないんだとしたら、もう今すぐに日本の家に帰りたい。ヤマタイト国に、天女の国に行って手掛かりを探すなんて悠長な事をすっ飛ばして、今すぐに帰りたい。
ー帰りたい、帰りたい、帰りたい…。
気がつくと、私の目からは涙が流れ落ちていた。その涙は、スープにポトンポトンと落ちていく。
その涙入りのスープを飲むと、さっきよりもしょっぱい気がした。いくらなんでも数滴の涙で塩分濃度が劇的に変わるなんて事はないだろう。きっと、私の心がそう感じさせているのに違いない。
私が涙を流しながらスープを飲んでいると、ドアがコンコンとノックされた。
ーヤバい!泣いてるのを隠さなきゃ!




