月の天女と異世界
「はい?月の天女?」
この金髪さんは、一体何を言っているのだろうか。全く意味が分からない。
「そうだ」
だが、金髪さんは大真面目に頷いている。嘘やからかったりしている訳ではなさそう。それだけに、戸惑ってしまう。
「えっ?えっと…。何故?何で天女だと思うんですか?」
「何故って。月から降って来ただろう?」
「はっ?月から降って…来た…?」
理由を聞いて、更に訳が分からなくなった。月から降って来たって、何のこっちゃ。
「そうだ。覚えてないのか?」
「はい。全く覚えてませんし、全く身に覚えがおりません」
「そうか。あの時は意識がなかったからな」
金髪さんが1人で勝手に納得しているけど、私はおいてきぼりだ。
「それで、月から降って来たっていうのは?」
「その言葉通りだ。月からふわふわと羽毛のように降って来た。それを見て、月の天女の話を思い出した。君は天女なのか?」
私は大慌てで否定する。天女だと思われたら困るもの。私はそんな大層な存在じゃありませんから!
「いえっ!天女じゃありません!普通の人間です!」
「普通の人間?普通の人間は月から降って来ないと思うが…」
金髪さんが訝しげに首を傾げるが、そんな事、気にしていられない。
「あぅ…。そ、そうかもしれませんが、私は歴とした人間です!」
「そう…なのか?普通の人間だと言うなら、どうやって月から降って来たんだ?」
おおぅ!私にも答えられない!答えに困る質問キター。
しかも、何で「人間です」に疑問系?
ー「そうなのか?」じゃないですよー。ちゃんと人間ですよー。お願いだから信じて下さいね?でも、何て言おうかなぁ…。そうだ!!困った時の『秘儀、質問返し!!』
「その前に質問しても良いですか?」
「何だ?」
「ここはどこですか?何て言う国ですか?今は何年ですか?」
「ここはレリアーナという国で、今いるのはレリアーナの王都ルナティアナにある私の屋敷だ。今は丁度1000年の年だ」
「レリアーナ?ルナティアナ。1000年…。やっぱり…」
そんな国名も都市名も聞いた事がない。それに、1000年。
私だって全ての国名を知っている訳ではないし、過去の国名なんて更に知らない。けど、全く聞き覚えのない国名に1000年ときたら、流石におかしいと思う。
ーもしかしたら、ここは…。
「やっぱり、とは?」
「……信じて貰えないかもしれない話なんですけど………」
私は荒唐無稽な話だからと言い淀んでいたけど、金髪さんはあっさりとこう言った。
「月から降って来た光景が、既に信じられない話だ。私はこの目でその信じられない光景を見ている。だから、気にせず言えば良い」
何かその言葉が胸にしみた。信じて貰えなさそうな事を言うのって、勇気がいる。私は怖気付いちゃって、なかなか話し出せずにいたけど、その言葉を聞いて、話してみようという気持ちになった。
「私、多分…、異世界から来たんだと思います」
金髪さんの目を見て、しっかりと告げる。若干たどたどしくなってしまったけど。
「異世界…?」
金髪さんは小さく呟くと、何だか考え込んでしまった。たまに小声で「なるほど」とか「そうか」とか言っている。何がなるほどなのか知らないけど、信じてくれたって事なのかな?
「君のその話は確かに信じ難い話だが、私には信じられる。この目で見たしな。それに、ようは月の天女みたいなものだという事だろう?」
「いや、全然違いますけど!」
即ツッコんだ。だって全然違うでしょう?
「ああ、いや、例えだ」
「例え?」
「月に国があるとして、そこはここから見たら異世界だ。そうだろう?」
「そうですね」
確かにそれは国が違うどころではなく、世界が違う。
「異世界というのは、私には想像も出来ない。だが、ここから見える月の国はまだ想像出来るし、私にとっては月は身近な存在だ。だから、例えに出してみた。つまり、君は月の天女くらい、信じ難くて不思議な存在だと言いたかったのだ」
「なるほど。そうでしたか」
とりあえず言いたい事は理解出来たし、信じて貰えて良かった。
「それでも、よく私の話を信じられましたね」
「ああ、実際に見たのが一番大きい点だが、他にも服装の違いや言葉があるからな」
「確かに服装は全然違いますよね。多分、女性の服装も全然違うんでしょうね。でも、言葉って?」
「最初、君には私の言っている事が通じていなかっただろう?」
「はい。気がついてたんですね」
「それは当然だ。困っているのがよく分かったからな。もしかして、隠してたのか?」
「いえ、全く隠してませんでした」
「あの様子じゃそうだろうな。それでも、具合が悪くなった後には言葉が通じるようになっている。どうやって言葉を理解した?」
ああ、その事か。確かにそれは気になりますよね。
でも、私にもよく分からないんですよ。思い当たる事はありますけどね。