酔ったルーナ ーフィオレンツォ視点
ルーナがこちらにやって来た夜の事を話すと、ルーナは『じゃあ私は、あの日フィオ様がなかなか寝付けずにいた事に感謝しないといけませんね〜』と言ってきた。
「…そうか」
「はい!そのおかげで、このお屋敷で働く事が出来ましたし、皆さんに会う事が出来ましたから。もちろん、フィオ様にもですよ!あの日、私を拾ってくれたのがフィオ様で本当に良かったです。ありがとうございます」
ルーナは礼を言ってくれたが、私は大した事はしていない。なので、そう言うと、またルーナに叱られた。
「フィオ様には大した事じゃなくても、私には大した事なんです!もし、フィオ様とオルランドさんが悪い人だったら、今頃私は売られていたり見世物になっていたりしてますよ。でも、フィオ様は反対に、私を心配してくれるじゃありませんか。それに、何かと気に掛けて下さってますよね?だから、本当に感謝してるんですよ!なので、私の感謝の気持ちはちゃんと受け取って下さいね」
私には異世界に行く事なんて想像も出来ないが、それでも大変だろうなという事は分かる。例え大人であっても心細くなるだろうし、自分の世界との違いにとまどったりするだろう。それが、ましてや子供なら、尚更心細くて淋しい想いをするだろう。
私は異世界ではないが、かつて異国に留学した事がある。その時に、文化や習慣の違いにとまどったり驚いたりしたし、大切な者達に会えずに淋しい想いをした事がある。なので、ルーナの気持ちが少し分かるのだ。だから、ルーナが困ったりとまどったりしないように気に掛けていたが、それを知られていたのか。そうか。
「…分かった。さっきも同じような事で怒られたな」
さっきは『お礼を受け取らないとダメなんですからね!』で、今度は『感謝の気持ちを受け取って下さいね』だが。どちらも『気持ちを受け取れ』と叱られてしまった。特に軽んじているつもりはないのだが、言い方は悪かったかもしれない。
これからは『大した事はしていないが、それでも感謝の気持ちは嬉しい』と言えば良いか?ああ、いや、『大した事はしていない』がダメなのだったな。ううむ。難しいな。
私が色々考えていると、ルーナが謝ってきた。真剣に考えていたから、私が怒っていると勘違いさせてしまっただろうか。ルーナは謝る必要なんてないのだがな。
「いや、今のはこちらが悪かった。すまなかった」
私が謝ると、ルーナが勢いよく首を横に振った。すると突然、目を手で覆った呻き出したではないか!具合が悪いのかもしれないと思い、立ち上がってルーナのところに行くと、『具合が悪いのか?』と声をかけた。
ルーナは『目眩がしただけ』だと言うが、心配だ。
「目眩か。今はどうだ?」
「今は治まってます」
「気持ちは悪くないか?」
「大丈夫です。むしろ、気分は良いくらいです!さっきから、ふわふわした気分なんですよ〜」
「ふわふわした気分?」
それは、熱が高くて気分が妙に高揚しているのだろうか。試しにルーナのおでこに手を当てて熱を計ると、少し熱い気がした。
ーやはり熱か?
私がそう考えていると、ルーナが『熱はないと思いますよ?風邪とかひいてませんし』と言ってきた。だが、風邪をひいていても自覚症状がないだけかもしれない。
「そうか。いつから、ふわふわした気分になったか分かるか?」
私が尋ねると、ルーナは腕を組んで考え込んだ。ルーナはしばらくそのまま考えていたが、やがて思い出したらしい。『パーティー会場にいる時からです』と言った。
「そうか。具合は?」
「悪くありません」
具合が悪くないとの事なので、私は水を持って来る事にした。水を飲めば、少しスッキリするだろう。
私がドアに向かって歩き出そうとしたら、後ろでルーナが立ち上がったようだった。慌てて立ち上がったのだろう。イスが倒れる音が聞こえてきた。
「待って下さい!行くなら自分で……ひゃあ!!」
イスの音で振り向いていて良かった。そうではないと、よろけたルーナを抱きとめる事は出来なかっただろう。ルーナを抱き止めた瞬間、私には嗅ぎ慣れている香りを感じた。
ーなるほど。これが『ふわふわした気分』と目眩の原因か。
「あ、ありがとうございます…」
「いや。大丈夫か?」
「大丈夫です」
ルーナは『大丈夫』だと言うが、私の腕を離れて立とうとした途端、膝から崩れ落ちそうになっていた。再び支えたけれど、私の腕の中にいるルーナは不安そうにしていた。
原因が分かったので、私は教えてあげようと口を開いたが、声を出す事は出来なかった。なぜなら、ルーナが先に口を開いたからだ。
「えっ?えっ?どうしよう……。立てなくなっちゃった」
ルーナが泣きそうになっている。なので、私はすぐに原因を教えてあげる事にした。
「安心しなさい。原因が分かった」
「原因…ですか?」
ルーナが私の腕の中で涙で潤んだ瞳で私を見上げてきた。
ーそんな瞳で見つめてくるのは止めてくれ。落ち着かない気分になる。
だが、私は努めて冷静な声で返事をした。
「ああ」
私はルーナをイスに座らせた後、『失礼』と言ってルーナが飲んでいたレモネードのグラスを手に取った。グラスに鼻を近づけて匂いを嗅ぎ、次にグラスに口をつける。
「やはりな」
「えっ?」
「ルーナ。君が持って来たこのレモネードだが、これはレモネードではない。レモン酒だ」
「えっ、えええええ!?」
ルーナは驚きの声を上げた。




