ご対面
あの時の突風はものすごかった。もともと春一番の強風が吹いていたのだけど、あの突風は更に強風だった。
あまりのすごさに、工事現場を囲っていた塀が倒れてしまったくらいだ。
そう、倒れてしまったのだ。それも、丁度横を歩いていた私に向かって。
あの時は、本当にスローモーションで見えた。ゆっくりと私に向かって倒れてくる塀。それを動くことも出来ずにただ見ていた私。
体が全然動かなかった。
あのままだったら、塀に潰されて圧死していただろう。
ぶるっ。
その光景が思い浮かび、ぞっとした。だけど、そうはならなかった。
それは、お守りのおかげ。
私は首から下げているペンダントをそっと制服の中から出す。
そのペンダントには乳白色の勾玉が付いている。
この勾玉は代々我が家に伝わるお守りで、それを私が受け継いだ。
何でも亡くなった祖母が、私に身につけさせるように言ったのだとか。
「おばあ様、ありがとうございます。おかげで私は生きています。本当に助かりました」
両手を合わせて拝む。
もしかして、こういう事を予見して身につけさせるように言ったのかな?霊感とかあったのかな?
それはさておき、このお守りは何でも昔、神様から賜った物だそうな。
今まではとんだ眉唾物の話だと思って聞いていたけれど、どうやら本当だったみたい。
だって、あの時、この勾玉がものすごく光ってたから。
多分、私を守ってくれたって事だよね?じゃないと、私が今も五体満足でケガ1つもなくピンピンしているなんて有り得ないもの。
でも、光った後の事が全然分からない。光った後、私はどうなったんだろう?
もしかして、ここは超高級な病院!?んな馬鹿な。
自分で自分にツッコミをしてしまった。
病院はないな。うん。ないない。
じゃあ、どこなんだろう?あの世じゃないよね?
こんなホテルみたいなあの世なんてないか。
まあ、場所は分からないけど、一つだけ分かった事がある。それは、誘拐された訳ではなさそうだという事だ。良かった。
だからって完全に安全とも言い切れないんだけど。
助けれくれた(多分)人が優しい人だとは限らないからね。
「助けたお礼に」とか言ってお金を要求されても払えないから、良い人だと良いなー。
まあ、会ってみないと人柄なんて分からないし、会って話を聞いてみない事には私も今後どうしたら良いか考えられない。
だから、その人に会う時は警戒しつつ、情報を収集する事にしよう。
そう決心した私は、握り拳に力を入れて、うんと1つ頷いた後、大きな窓に近付いた。ベランダに出られる窓だ。
とりあえず、景色から情報収集をしようと思ったのだ。
窓にはカギがかかっていないらしく、押すとすんなりと開いた。ベランダに出ると、太陽がポカポカと暖かかった。
ベランダから見える庭には木や花がたくさんあって、花の香りが漂ってくる。
ー良い香り。
でも、木も花もここからだとちょっと距離があるから、よく見えない。
分かった事といえば、昨日ー私がいた日本の春一番が吹く頃よりも暖かいという事くらいだろうか。
ーはぁ、中に戻ろう。
部屋の中に入り、窓を閉めようとした。その時、コンコンとドアがノックされた。
ビクっ。
びっくりして肩がはねてしまった。恥ずかしい。誰にも見られなくて良かった。
そういえば、ノックに対してこういう場合、返事ってどうしたら良いのかな?
「はーい」って返事をするのも何かおかしいよね?
そう考えていると、返事を求めていなかったようで、ドアが開かれた。
そりゃそうか。まだ寝てる可能性があったもんね。寝てる人に返事は求めないよね。
ドアが大きく開かれると、そこには2人の男の人がいた。金髪の人と茶髪の人。
ー金髪!?染めてない本物の金髪かな?日本語はオーケーですか?
その時、まだ開けられていた窓からふわっと風が吹き込み、それと共に花びらも舞い込んできた。
ーおおっと。すみません。キレイだけど、花びらをこのままにはしておけないですよね。後で掃除しますね。
心の中でそんな事を考えていると、金髪の人が少し驚いた様子で私を見ていた。
ーまだ寝てると思ってたのに起きてたから、びっくりしたのかな?驚かせてすみません。
私は慌てて窓を閉め、首だけで振り向いていたのを体ごと向き直した。これから正式にご対面である。
私はそっと気合いを入れた。