執事は聞いた ーオルランド視点ー
チリンチリン。
私を呼ぶベルの音が聞こえてきたので、私は手にしていた書類を机に置いた。そして、すぐさま席を立つ。
今、旦那様は異世界から来た少女のシズクさんとお話しをしている最中です。はてさて一体、何のご用でしょうか。
応接室まで行き、ドアをノックする。
コンコン。
すぐに旦那様から返事がありました。中に入ってご用件を伺うと、『あまり威力のない普通の魔石を1つ用意してほしい』との事でした。
ーは?普通の魔石ですか?
と思ったら、次には『自分が使っている用の水の魔石が良い』と言われたので、一体何をするつもりなのか疑問に思いました。
ですが、そんな気持ちは表情には出しません。
「かしこまりました。すぐにお持ち致します」
私は退室してすぐに旦那様のお部屋に向かいました。旦那様のお部屋には、旦那様が普段の生活でお使いになる水の魔石があります。
この魔石を手に取り、応接室に戻りました。
旦那様に魔石をお見せすると、『これで良い』と仰った。良かった。
旦那様に魔石をお渡しして、私は応接室から出ました。
ーさて、部屋に戻りますか。
私が自分の部屋に向かってしばらく歩いていると、応接室の方から微かに悲鳴が聞こえてきました。シズクさんの声です。そのすぐ後で、旦那様の驚いたような声も聞こえてきました。
「旦那様っ!!」
私は急いで元来た廊下を戻りました。
ー何があった。
不安な気持ちに駆られながら、応接室のドアの前に来ると、私はドアノブに手を伸ばしました。そして、ドアノブに手を掛け、回そうとすると…。
その時、聞こえてきました。旦那様の笑い声が。
「はっ?」
一瞬、ポカンとしてしまいました。私とした事が。
でも、私が驚くのも無理はないと思います。だって、ケガをしてしまったのではないかと心配していたところに、笑い声が聞こえてきたのですから。
それも、旦那様の笑い声ですよ!旦那様の!!
ここ重要なので、2回言いました。
旦那様のこんな笑い声なんて、久しぶりに聞きました。ここ最近は、あまり声を上げて笑うなんて事、なかったように思います。それなのに、あんなに楽しそうに笑っています。驚きです。
しかも、しかも、相手はあのシズクさん。女の子ですよ!女性嫌いの旦那様ですので、これまた驚きです。
もともと旦那様は、気を許した人を相手にした時にしか笑ったりはしません。なんですが…。
これは、シズクさんに対して気を許しているという事なのでしょうか?
旦那様は、異世界から来たという事やまだ子供であるという事で、女性であってもシズクさんに対して嫌悪を感じてはいらっしゃらないようでした。
ですが、それは気を許したという事と同じというわけではありません。ありませんが…。楽しそうです。
他の女性に対してはどうなのかと言うと、実は私はよくは知らないのです。社交場ではどういった対応をされているのかと言うと、私は旦那様の社交場でのご様子は、直接は知りません。同行出来ませんからね。
ですが、その様子を聞く事は出来ますし、帰宅後の旦那様のご様子を拝見する事は出来ます。
社交場からご帰宅された旦那様のご様子は、と言うと、それはもう疲労困憊。疲れ切っておられます。精神的に。
女性の方がたくさんいらっしゃいますからね。
以前、『笑顔で躱すのも、疲れる…』とテーブルに突っ伏しながら仰ってました。お労しや。
それなのに、シズクさんとはあんなに楽しそうに笑っておられます。シズクさん、すごいですね。
この様子ですと、ケガをした訳ではなさそうですね。
中の様子は気になりますし、先程の悲鳴の訳も知りたいのですが、ここで邪魔をする訳にはまいりません。
私はドアノブにかけていた手を離し、そっと踵を返しました。




