フィオ様の気遣い
フィオ様は私が落ち着くまで、ずっと背中をポンポンしてくれた。
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
私はそう告げて、くるりとフィオ様に背を向けた。泣き顔を見られるのは恥ずかしい。さっきよりぐちゃぐちゃな顔してると思うし。
服の袖口で涙を拭こうとすると、フィオ様から腕をつかまれた。
「これで拭きなさい」
背を向けたままの手に渡されたのはハンカチだった。有り難く受け取ると、そのまま目に当てる。
「顔は見ないようにするから、安心しなさい」
「はい、ありがとうございます」
「女の子は泣いた顔を見られるのを嫌がるのだろう?昔、泣いた顔を見ようとして、妹に怒られた事があってな。それからは気をつけるようにしているのだ」
「ふふっ。そうなんですね。ちゃんと覚えていて守れるフィオ様はエラいですね」
ちょっと得意そうな声で言うフィオ様に、思わず笑ってしまった。
普段はしっかり落ち着いてるのに、こうしてたまに子供の顔を見せるフィオ様は可愛らしい。
「そうだろう。妹はもう16なんだが、小さい女の子が泣いていると、妹の小さい頃を思い出すな。ああやって背中を叩いて慰めたものだ」
「そうなんですね」
フィオ様が私にしてくれた事は、前に妹さんにしてあげた事なんだろう。仲が良い兄妹なんだろうな。
女嫌いとは聞いてたけど、その割に泣いてる女の子の扱いに慣れてるような気がしてた。けど、それは妹さんがいたから慣れてるのに違いない。
それにしても、『小さい女の子小さい女の子』と言われると、ちょっと傷つくね。自分で望んだ事なんだけど。
妹さんが16歳なら、私と同い年だ。けど、それは言えない。
ーはあ〜あ。4歳も年下になるのかー。
「もう大丈夫か?」
「はい。大丈夫です」
「じゃあ、顔を見ても平気か?」
「あんまりじっと見ないならば」
「大丈夫だ。じっとは見ない」
フィオ様が力強く断言するから、私はくるりと回ってフィオ様と向き合った。向き合ったものの、顔は合わせられず、うつむく。
そのうつむいた視線の先に、突然ニュッとフィオ様の手が現れた。その手には水色のキラキラした宝石が握られている。
ーキレイ!アクアマリンみたい!
それはまるでフィオ様の瞳のようにキレイな宝石だった。ずっと眺めていたかったけど、フィオ様が「目を閉じなさい」と言ったものだから、それは叶わなかった。
目を閉じるように優しく言われたから、私は争う事なく素直に目を閉じた。
ー何だろう?
ちょっとドキドキしながらいると、目元を覆うようにしてフィオ様の手が覆いかぶさってきた。
ーな、何?何事!?
ドキドキが更に大きくなった。そして、その次の瞬間、更にドキドキが大きくなった。
「ひゃっ!?冷たい!!」
いきなり目元が冷たくなった。びっくりした。
「うひー、何なんですか?冷たいです!」
「ああ、驚かせたようで、すまない」
フィオ様が謝ってくれたけど、その顔は全然すまなそうじゃなかった。笑うのをこらえてるような、面白がるような顔をしていたのだ。
「全然すまないと思ってないでしょう?」
じと目で尋ねた。思わず敬語じゃなくなっちゃったけど、それは許してほしい。驚かせたフィオ様が悪いんだ。
「いや、そんな事はないぞ。すまなく思っているとも」
フィオ様が『そう、そう』と頷いてるけど、信用ならない。
「本当ですかー?」
私が追求すると、フィオ様は慌てて言った。
「本当だ!すまなく思っているとも!だが、面白かったのもまた事実だ」
そのキッパリとした断言を、私は不満に思った。
「えーーー。面白がらないで下さい!」
「すまない」
「もう!」
その一言を言って、私はむくれるのを止めた。これ以上怒っても仕方がないからだ。
「それで、さっきの冷たいのは何だったんですか?」
質問した事で、私の怒りがとけたのが分かったのだろう。フィオ様がほっとした顔をして答えた。
「さっきのは水の魔石を使ってのだ」
「えっ!?水のませき!?」
ー何じゃそりゃ。ませきって何?
フィオ様の口から飛び出した『ませき』という単語に、私の頭の中は混乱したのであった。




