フィオ様への相談事 4
その後、腕へのつけ方が分からないフィオ様の為に、腕時計をつけてあげた。
「ありがとう」
「どう致しまして」
フィオ様は腕時計をつけた腕を動かして、色々な角度から時計を見る。その様子が、新しいおもちゃを買って貰った小さい子供の様で、ついつい笑ってしまう。
フィオ様はしばらく腕時計を観察した後、腕時計を外した。つける時にベルトの仕組みが分かったから、フィオ様は1人で上手に外す事が出来た。
フィオ様は外した腕時計を私に返した後、ペンとノートも返してくれた。
「それで、どれにしますか?どれをプレゼントしましょうか?」
「そうだな…」
フィオ様は顎に手をやって少し考えた後、口を開いた。
「では、赤いボールペンとやらにしよう」
「えっ!それにするのですか?」
私の一押しは腕時計だったから、フィオ様が赤いボールペンを選んだ事に驚いちゃった。けど、時計は似てるって言ってたから、他の珍しい物を選ぶのは当然だよね。
「分かりました。では、これをどうぞ」
私は両手で赤いボールペンを持って、フィオ様に差し出した。
「私はこれを受け取っても良いのだよな?」
フィオ様が赤いボールペンと私の顔を見て、ためらいがちに言った。
「もちろんですよ。大丈夫です」
私は力強く頷いた。さっき私が驚いちゃったから、本当に受け取って良いのか疑問に感じてしまったのかも。私はフィオ様のそんな思いを払拭するべく、更にフィオ様にすずいと差し出した。
「さあ、どうぞ!!」
「あ、ありがとう」
フィオ様は、無事私の手から赤いボールペンを受け取ってくれた。良かった。
ただ、私の勢いに若干気圧されてたような気もするけど、きっと気のせいだよね。
今、フィオ様は赤いボールペンを大事そうに手に持って、ためつすがめつ見ている。そして、その顔は笑顔になっている。
こうしてプレゼントして嬉しそうにして貰えると、あげたこっちも嬉しくなるね。フィオ様につられて、私も思わず笑顔になる。
「ありがとう。大事にする」
「いいえ!どう致しまして!」
「っ!!」
「ん?どうかしましたか?」
私が全力で応えたら、フィオ様が驚いた。ような気がした。
「いや?何もないが」
「?。そうでしたか」
どうやら私の気のせいだったらしい。
「それで、その目はどうした?」
「えっ?」
不意打ちの質問に、私は驚いた。
「何の事ですか?」
「目だ。赤いぞ」
「!?」
ーしまった!!
私は素早く手で目を隠した。
フィオ様への相談で、淋しい想いが心の奥にすっかり隠れていたから気にしてなかったけど、私泣いたんでした。
目、まだ赤かったんだね。冷やせば良かったかな。
でも、悔やんでも後の祭りだ。
「えっと、これは何でもないですよ。そう、目にゴミが入ったんです」
「ほう。目にゴミが入ったとな」
「そうです。そうです」
私は目を隠したまま、コクコクと頷いた。
「どれ、見せてみなさい」
「えっ!?いいえ、いいえ。お構いなく!ゴミはもう取れてますから。お気になさらず!」
「そうか」
ほっ。良かった。
フィオ様は納得してくれたらしい。
「じゃあ、もう大丈夫だな。手を下ろすと良いのではないか?」
「えっ…」
「無理なのか?目にゴミが入っただけなのだろう?」
「うっ…。それはそうなのですが…」
ひぃ〜。『泣いたから見られたくないんですー』とは言えない…。
私は追い詰められた気分になった。
「何だ?ダメな理由でもあるのか?」
「…いえ、ありません…」
「では、手を下ろすか?」
「うぅ。はい」
しぶしぶ手を下ろす。顔は見られないように、うつむきながら。
そしたら、いきなり頰を両手で挟まれて、上を向かされた。
そのまま目を覗き込まれる。
「っ!!」
ーひぇ〜。その端正なお顔で至近距離から顔を、目を覗かないで下さい〜。
私は、パッと顔をそらせようと顔を動かすけど、全く動かない。
あうう。逃げ場がない。
「泣いたのか?」
静かに問われて、私は言い逃れ出来てない事を悟った。
「あー、うー、えーと、あの、その……はい…」
私の往生際の悪い肯定に、フィオ様は「そうか」と頷いた。
「いきなり異世界に1人で来たのだものな。心細い想いをしているよな。すまなかった。気が付いてやれず」
フィオ様は、私の左の目元にそっと手を伸ばした。
フィオ様の謝罪とその行動に私は慌てた。
「へっ?いやいや、十分色々助けて貰ってますから!これ以上は罰が当たります!」
私の発言に、フィオ様は『フッ』と笑いを漏らした。
「罰?一体誰が罰を与えると言うのだ?」
「えっ?神様、ですかね」
「そっちの世界の神はそんなに狭量なのか?こちらの世界の神々は、そんな事を望んだくらいでは罰したりしないぞ」
「いやいや。私の世界の神様だって、そんなに心が狭くはありませんよ」
「なら、特に問題ないな」
フィオ様はそう言うと、私の頰や目元やらに添えていた手を離して、頭を撫で始めた。片手で肩を抱きながら。
私は内心あわあわしていたけど、続くフィオ様の言葉を聞いて、あわあわは治まった。
「心細いのか?淋しいのか?」
コクン。小さく頷いて肯定する。
「……家族に、友達に会いたいです」
「だろうな。こんなに小さいのに家族と離ればなれになるなど、辛いな」
「…はい」
「淋しさが募った時は、私のところに来ると良い。弱音でも愚痴でも吐き出すと良い」
「いえっ!そんな事出来ませんよ!」
フィオ様の提案に私は慌てた。だって、部屋にいきなりおしかけて、愚痴とか聞いて貰うって事でしょう?フィオ様の時間をそんな事の為に使わせるのは、勿体無い。
「何故だ?」
「いや、フィオ様の時間を無駄に使わせる訳にはいかないですから」
「無駄?何が無駄になんだ?無駄かどうかは私が決める。それに、私の元で働いてる者の心の安定を図ることは、雇用主としては必要な事だ」
フィオ様はそう言うと、「だから、大丈夫だ」と言って優しく微笑んだ。
すると、私はその言葉と笑顔に安心して、何故か涙腺が緩んでしまった。そのままポロポロと涙をこぼすと、フィオ様が抱きしめてポンポンと背中を優しく叩いてくれた。




