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フィオ様の身分

応接室のドアを開けると、1人掛けの椅子にフィオ様が座ってた。


「失礼致します」


私が部屋に入ると、私の後ろでオルランドさんがドアを閉めて行ってしまった。一緒に話し合うのかと思ってたけど、違うみたいだ。

えーと、何て声かけたら良いのかな?とりあえず挨拶かな?


「お帰りなさいなさいませ、旦那様」


私がそう言うと、フィオ様はちょっとびっくりした顔をしてた。ん?何で?

でも、すぐに表情が戻る。


「ああ、戻った。今日は一緒にいられなくてすまなかった。抜けられない会議があったものだから…」


フィオ様は悔しそうな表情になった。


ーああ、会議に行きたくなかったんだね。


オルランドさんが言ってた通りだ。


「いえいえ。お疲れ様でした。オルランドさんに色々教えて貰いましたから、大丈夫でしたよ。オルランドさんに、私によくする様に言って下さり、ありがとうございました」

「いや。大した事はしていない。それで、相談事があると聞いたんだが」


フィオ様のその言葉を聞いて、私は持って来たノートを広げた。ちなみに文字は日本語で書いてある。フィオ様に見られても問題ナッシィング!


「何だ?これは?」

「ノートです。紙が束ねてあります」

「ほう」


フィオ様は興味深そうにノートを眺めてる。


「あの、ノート、見てみますか?」

「!!良いのか?」

「はい、もちろんです」


私が『どうぞ』とノートを渡すと、フィオ様は慎重に受け取った。


ーいや、そんなに慎重にしなくても壊れませんから。


フィオ様は貴重品や壊れ物を扱うように、1ページ1ページをめくっていく。


「この字は君の国の文字なのか?」

「そうですよ。たまに違う国の文字も混ざってますが」


私のこの発言に、フィオ様はびっくりしていた。


「他国の文字も分かるのか?」

「ああ。はい、分かりますよ」


フィオ様は私が自分の国の文字だけじゃなくて、他国の文字(英語とか)が書ける事に驚いたようだ。この国の人達は、他国語を学ばないんだろうか。


「それは、すごいな…」

「はあ。この国の人達って、他の国の言語を学ばないんですか?それこそ、学園で」


私は、さっき覚えた疑問を早速ぶつけてみた。


「学園では学ばないな。この国の大多数の人間は他国語に触れないだろう。他国語を学ぶのは必要がある者だけだ。王族、王族に近しい上位貴族、それから他国と交流する商人か」

「なるほど、そうなんですね」


私はフィオ様の台詞で、この国について少し理解した。

貴族がいるって事を。身分制度があるって事を。


「ちなみに旦那様は他国語は学ばれてるのですか?」

「私か?私は学んだし、今も学んでいる」

「そうですか…」


むむむ。フィオ様は大商人か上位貴族なのかもしれない。フィオ様の返答で、そんな可能性を思い浮かべた。お金持ちだとは思っていたけど、もしかしてすごい人なのかも。


「あの、旦那様はどういったご身分の方なんでしょうか?もしかして、上位貴族でいらっしゃいますか?」「ん?私の身分か…。私は一応貴族だな」

「さ、左様でございましたか」


私はフィオ様が貴族だという事を知って、思わず『ははぁ〜』と平伏したくなった。だって、貴族ですってよ、奥さん。何かあったら、無礼打ちの切り捨て御免な人達だよね?まあ、切り捨て御免はお侍さんだけどさ。でも、貴族って平民に対して切り捨て御免出来ちゃうんだと思うんだよねー。

フィオ様はそんな事しないと思うけど。それでも貴族ってだけで、『ひいぃ!!』と恐れ慄いてしまう。

とりあえず、無礼がなかったか謝りたい。


「あの、もし今までで無礼がありましたら、申し訳ございません」


私が謝ると、フィオ様は不機嫌そうな表情をした。


ーええー?何で謝ったのに機嫌が悪くなっちゃったの?


私はちょっと泣きたくなった。美形の不機嫌な表情は、凄みがある。


「謝る事なんて、何もない。無礼な事なんて何も無かった」

「そうでしたか、良かった」


私はちょっとだけ安心した。フィオ様の機嫌が直ってないから、本当にちょっとだけだ。

私が内心涙目になってたら(もしかしたら、本当に涙目になってたかも)、フィオ様がふっと笑って優しく言った。


「貴族だからといきなり謝らないでほしい」

「ふぇっ!?」


ちょっとびっくりして、変な声が出てしまった。


「悪い事をしたのなら、謝罪は必要だ。だが、今のは悪い事をした訳ではなかった」

「はい」

「悪い事をしていないのに、何を謝る必要がある?それに、貴族だからといきなり態度を変えられるのは、ちょっと…」


私はフィオ様の言葉の先を読み取った。きっと『ちょっと嫌だ』って事ですよね?

私は、一応礼儀正しく対応してた。けど、さっきのはいつもより礼儀正しすぎた。多分それが嫌だったって事ですよね?

何だかさっきの不機嫌な様子が拗ねてただけのような気がして、思わず笑ってしまった。


「フフッ」

「…笑うな」

「…すみません。でも、旦那様、可愛らしいんですもの」

「!?可愛らしいだと?」


フィオ様がちょっと怒ったように言った。でも、さっきみたいには怖くはない。


「はい。私がいきなり距離を置いたのが分かったんですよね?」

「そうだ」

「それで不機嫌になったんですよね?」

「そうだ」

「その不機嫌な様子が、旦那様が拗ねてるように感じられたんです。それで可愛らしいな、と」

「…………」


あら?フィオ様が無言になっちゃった。図星だったのかな?


「今まで、こういった事はなかったんですか?」

「ない。周りの者は、最初から私の身分を知っている」

「ああ、なるほど」


それは納得だ。


「もう、必要以上に(うやうや)しい態度をとらないでほしい」


フィオ様のお願いに、私は頷いた。


「分かりました。普通に礼儀正しくしますね」

「……分かった。ただし、『旦那様』は止めてほしい」

「えー?オルランドさんが『旦那様』ってお呼びしてましたよ?」

「オルランドだって、私的な時は『旦那様』とは呼ばないぞ」

「えっ!そうなんですか?」

「そうだ」


フィオ様は重々しく頷いた。


「うーん。でも、オルランドさんと私は違いますから」

「そうだが。でも、君は異世界の人物だ。そんな君から『旦那様』と呼ばれるのは変な感じがするのだ。仕事中は『旦那様』で良いから、こうして2人で話す時は『旦那様』は止めてほしい」

「そうですか。分かりました。では、何とお呼びすれば良いですか?」

「そうだな。では『フィオ』と」


ーおお!!こっそり心の中で呼んでいた呼び名だったけど、堂々と呼べるようになった!


「分かりました。では、『フィオ様』とお呼びしますね」

「分かった。それで良い」


私の返答に、フィオ様は満足気に応えた。

フィオ様にとっては、雫は異世界からのお客人的な感じなのです。なので、自分より下の立場だとは感じてません。あまり恭しくされるのは、収まりが悪くて仕方がないようです。

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