月から降ってきた天女
夜。なかなか寝付けずにいたところ、ふと月明かりに気がついた。
そっとベッドから降りる。
「今日は満月か」
カーテンを開けて見上げた月は綺麗だった。
空には雲一つなく、月を堪能するには良い夜空だ。
窓を開けてベランダに出ると、さぁっと風が髪を揺らした。
涼しい風が心地良い。
手すりに手をつき、身を乗り出すようにして月を見上げる。
ああ、こんな見事な月の夜には、月見酒を嗜むのも良いかもしれないな。
部屋に置いてあるぶどう酒を飲もうか。
部屋の中に入り、ぶどう酒が置いてある棚を開ける。
「うーん。こっちにするか。いや、こっちも捨て難い」
悩むが、やはりこちらにしよう。
封を開けると、ふわっとぶどうの甘い香りが鼻をかすめる。
「うん、良い香りだ」
ぶどう酒を注いだグラスを持ち、再びベランダに出る。
月を見ながら一口含むと、口の中いっぱいにぶどう酒の味と香りが広がった。
「美味いな」
味わって飲んでいたが、気がつくと既にグラスが空になっていた。
ふぅ、と一息つく。
「もう一杯飲むか」
再び部屋に入って、グラスに注いでこようと月に背を向けようとした。
その時、さぁっと風が吹き、風によって散った花がひらひらと舞い落ちる。
「綺麗だ」
月と舞い落ちる白い花びらが美しい。これには思わず見惚れてしまう。が、
「ん?」
今、月の真ん中で何かが光ったような気がした。
「気のせいか?」
しかし、今度は月に黒い丸が出来ている。何かの影だろうか。
目を凝らして見てみるが、よく分からない。
しばらく凝視していると、驚く事にその黒い丸が徐々に大きくなり、次第に下に降り始めた。
「何だ、あれは。生き物の影なのか?」
だんだん月の下に降りていく。月明かりがあるものの、月から出てしまうと夜の闇に紛れて見えなくなってしまった。
「一体何だったんだ?」
不思議な物を目撃してしまった。白昼夢でも見ていたのだろうか。いや、今は夜だから白夜夢か?目をこすり、頰をつねるが、普通に痛い。どうやら夢ではないらしい。
では、また見えるかもしれない。再び見えないかと目を凝らす。
今度はグラスを足元に置き、手すりに身を乗り出して。
しばらくは何も見えなかったが、ようやく見えた。見つけた。
「えっ?」
それは人だった。それも恐らくは少女。この国の女性が着るような服装だというのが遠目からでも分かったのだ。
そういえば、遠い異国の地には月に住む天女の話があったな。天女とは一体どんな女性なのかと思ったが、もしかしたら今見ている少女が天女なのだろうか。
少女がどんどん近付いてくる。どうやらこの近くに降りてくるようだ。
手を伸せば届くところまで降りて来た。
つま先立ちになり、ベランダから身を乗り出して少女の腕を掴む。確かな感触が、少女が実在している事を思い知らせた。
どうやら幽霊ではないようだ。
ぐいっと腕を引いて、その身体を引き寄せる。すると、ふわっと軽く腕の中に収まった。
「軽い!!」
何て軽いのかと驚いた次の瞬間、少女の重量が増した。いや、元の重量を取り戻したのか。
軽いと思って油断していたら一気に重くなったので、落としそうになってしまった。
だが、何とか持ち直す事が出来た。危なかった。
重くなったとは言っても、元々軽いようだ。身体も小さい。何歳くらいなのか。12歳くらいか?
だが、天女であるならば、見た目は子供でも実際は100歳以上かもしれない。うーむ。
まあ、それはさておき、これからどうするか。とりあえずはベッドに寝かせる事にしよう。
私は少女の身体を横抱きにし、部屋に戻った。