【5分間novelシリーズ】姨捨
【新世界へ】【七十までに、しなければいけない事】【送り出す者の心構え】【現在、姨捨山】【老人排他論】
本屋に並べられた、これらの本を、僕は熱心に読み漁った。
テレビでは、数年前から始まった新制度についての論戦が流されている。
『え~、現在、国が指定した複数の国定公園内の半径10キロは、70歳以下の立ち入りを禁止しており、また上空からの撮影もメディアの潜入も、固く禁止されているわけです。
遠藤さん、制度が大きな反対を押し切り、半ば強制的に施行されてから2年が経ちますが、
諸外国の非難とは裏腹に、国民からの反対は、確実に沈静化に向かっていると言ってもよいのでしょうか?』
夕食を終え、テレビを眺める僕の前に、妻は熱いお茶を置くと、珍しく僕の横に座った。
「あなた、うちもソロソロなんだから、お母さんに話してくださいよ」
妻の小声は、あからさまに母を気にしている表れだった。
「・・・・・・」
自分の金じゃない金を任された人間というのは、無責任だ。
それが、何百年と続き、幾重にも担当者が変われば言うまでもない。責任は前に前に・・・・・・。誰が悪いのではなく、そうなったのは,時代のせいだと、言えばいい。
『まぁ、多くの国民の間で、これ以上の金銭的負担を背負う余力が無くなったという事じゃにですかね。道徳的に間違っている事は分かっていても、負担である事に変わりはない。といった本音が、黙認といった形で表されているんじゃないでしょうか』
行き着く所まで、行き着いた後に待っていたのは、【切捨て】という手段だった。
[高齢者特定地定住に関する法律]
実際には国が、年寄りを見捨て自然に放り出すという事だ。
医者も、食料も、外部からの接触もない。
誰が言い出したか、それは 〝姨捨法〟と国民から呼ばれるようになった。
「あなた!」
そして、妻も道徳感と現実の狭間に置かれ、黙認を決めた一人だった。
僕はテレビを消し、母の部屋に向かう。
〝どう言えばいいのだろう・・・・・・〟
僕は母の部屋に入り、ゆっくりと腰を下ろす。
考えを纏めようとしても、僕には、そんな能力はない。
「・・・・・・」
「来週は、天気が良いようだから、連れて行ってくれる?」
母は、分かっていた。
息子が、悩んでいる事も。それが自分の事である事も。
僕は何も言わず、首を小さく縦に振り、腰を上げる。部屋を出掛けに
「ごめん・・・・・・」
それが、精一杯だった。
本には、書類作成など最低1ヶ月は準備に必要とあったが、母は、こうなる事を見越していたのか譲渡文と、実質の遺言となる暫定委任状を書き上げていた。
指定された場所に車を止めると、係員が近づいてくる。
「ええと、移住ですかね?」
施行されて2年。係員も手馴れた感じで事務処理を行っている。
何が可笑しいかって、それを処理する係員も後2,3年で処理される側に廻るであろう老人という事。この国の、今を象徴しているようだった。
結局、僕は最後まで母と、まともに話せなかった。
妻は苦渋の決断ながらも、何処か負担が無くなった安堵感に満たされているようだった。
母の居なくなった部屋。
僕は、部屋を整理しながら自分のした行為を噛み締めた。涙に打ち震える手に、母の手帳を落とした僕の前に、母が挟み込んでいた写真が広がっていく。
楽しそうに集まる老人達。そこに母の姿はない。
「あなた!あなた!」
妻が、急かす声に僕は、それを手に部屋を出た。
『私達は、密かに70歳を迎える老人に対して、移住を促進する活動をしています。我々を見捨てた国に頼るのではなく、自らで新しい生活を手に入れましょう!我々の仲間には、元医師、農夫、大工、様々な仲間が揃っています!』
妻が唖然とし見るテレビには、特定公園内の立ち入り禁止地域が映し出されている。
そこは村を形成し、老人達が自分達の生活を営んでいた。
『独占スクープです。我々は現在の姨捨山の潜入に成功しました!』
僕は、ふと思い出し手に持つ写真を見た。
楽しそうな老人達、裏には『税金も、制約も無い!楽園が貴方を待っています!』
「…僕らが、母に見捨てられたのか」