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ワンライ自選集

Mail from Home planet

作者: yokosa

【第39回フリーワンライ】

お題:

10年前の手紙

画面の向こう側の君


フリーワンライ企画概要

http://privatter.net/p/271257

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負

 手許のパネルを操作し、映像ログを呼び出す。窓外の暗闇をバックに立体映像が浮かび上がった。

 手で触れることすら出来そうな彼女。何度見ても、言葉を交わすことも可能なのではと錯覚させる質感だ。その息遣い、髪の流れる音、衣擦れ、心臓の鼓動、全てが聞き取れそうだった。

『――十年、いえ、あなたが帰ってくる二十年先まで私、あなたのこと待ってるから』

 しかし彼女はそこにはいない。何度も何度も繰り返して見た立体映像に過ぎない。飽きることなく再生し続けるのは、これこそが自分と彼女との唯一の繋がりであるかのように感じられるからだ。

 彼と彼女の間に横たわる隔たりは果てしなく大きい。

 その隔たりは、距離にして約100000000000000km、実時間にして十年間――つまるところ彼は、母なる星・地球から遠く十光年も離れた宇宙にいるのだ。

 彼は十年前、実用化された亜光速エンジンの宇宙船に乗って、人類の生存に適する惑星探査の任に志願した。人類の未来を背負うという使命感と引き替えに、故郷へ彼女を残して。

 未知の宇宙、未知の道程である。生きて地球に戻ることも、彼女と会うことももう二度とないかも知れない旅だ。

 が、幸いにして、道中はこれといったトラブルもなく、その任の半分はもうすぐ終わろうとしていた。

 目標の惑星、スタヴロミュラβには、もうまもなく到着する予定だ。亜光速機動は瞬間的に加減速出来るものではないため、二週間ほど前から通常航行に切り替えて宇宙船は減速を始めている。

 十光年を渡る間は基本的にコールド・スリープで過ごしてきたが、行程の途中で機体のチェックをするため定期的に起床して起きていた時間が一週間。加速で二週間、減速で二週間。

 十光年の距離、実時間で十年間が経過していても、彼の体感時間はせいぜい二ヶ月と少しだった。

 立体映像の彼女の頬に手を添える。勿論そこには物理的な感触も、ぬくもりもない。

 彼にとっての二ヶ月間が、彼女にはもう十年の月日としてのしかかっているなど、頭で理解出来ても実感することは出来なかった。

(彼女はもう、僕のことなど忘れただろうか……いや、忘れてしまった方がいい。その方が幸せだ)

 彼は船内でする何百回目かのため息を吐いて、映像を切ろうとした。そして二度と思い出さないよう、未練を断ち切るように「さよなら」と言いかけた。

 ――その時。

 左腕にはめたブレスレット状のウェアラブル・コンピュータが点滅し、リングトーンを響かせた。ユーヴ・ガット・メール。

 彼は茫然自失した体で、ほとんど恐怖すらしながらそれを見つめた。

「そんな馬鹿な……」

 地球から十光年離れた場所で、一体誰からのメールを受信するというのか。得体の知れない不気味な黒い影を幻視しながら、彼は受信操作を行った。ブレスレットを基点として立体映像が表れる。

「…………!」

 思わず息を飲んだ。まだつけっぱなしだった十年前の立体映像の横に、腕をかざす。

 今まさに受信したばかりの立体映像は、十年前の彼女と瓜二つだった。

(いや……)

 違う。

 彼は胸中で否定した。本当によく似ているが、同じではなかった。

 十年前の彼女は、どこか達観したような透明な笑顔だったが、今受信した方の笑顔は生気に満ちていた。うららかな春を思わせる慈愛の表情だ。なんと言ったか……そう、アガペーだ。無償の愛を思わせるものだった。そしてほんの少しだが、やつれているように見えたし、十年前にはなかった小皺が見受けられた。

「一体どうなって……」

 彼は混乱した。

『これを見ているあなたは、とても混乱していると思います。ごめんなさい』

 新しい立体映像が語る言葉は、二ヶ月前、そして二ヶ月間何度も繰り返して聞いた彼女の声そのものだった。

『あなたが亜光速航行で地球を発ってからしばらくして、画期的な恒星間航法が発見されたの』

 それは特異点を用いた一種の瞬間移動のようなものであり、光速で目的地まで直進するよりも遙かに速く移動することが可能な技術だった。

『今まで亜光速で移動するあなたと連絡を取ることは出来なかった』

 仮に移動速度と経過年数から位置を算出出来たとしても、亜光速移動する物体に接触するなど不可能だった。

 この十光年の旅は無駄だったのか。

 彼は肩を落とした。

『だから私、志願したの』

「……?」

 上目遣いに見上げると、彼女がアガペーの笑顔でこちらを見ている。

『十年間――あなたのこと待ってるって、言ったでしょう?』

 彼女の立体映像の向こう、無明の暗闇に染み出すように、惑星スタヴロミュラβが宇宙船の行く手に見えてきた。その地球型惑星には既に人工の光が宿っているようだった。

 彼は改めて十年前の彼女と、十年後の彼女の立体映像を見比べた。

 この十年間は無駄だったかも知れない。

 だが、そんなことはもうどうでも良かった。

 沸き上がる歓喜の感情が抑えられなかった。



『Mail from Home planet』了

 最初は「お題:白い春」にして、最近クッソ寒いから、春の季節に世界が凍結するような話にしようと思ったんだけど、同じようなこと考える人が多そうな気がしたから破棄した。

 で、以前からこういう「超期待されて移民の先駆けになったけど、到着したらとっくに移民が完了してた」みたいなパラドックスのある話の雛形を考えてて、今回のお題に当てはめて書いてみた。

 そして書き上げてから気付いた。要するに藤子・F・不二雄先生の「旅人還る」だこれ。やっぱりF先生は偉大だなぁ。しかしまあ、お題に合わせたからこうなったわけで。男女の恋愛抜きにすれば違ったまた感じになるかな?

 惑星の名前は咄嗟に思い付かなかったため『銀河ヒッチハイクガイド』からちょっと拝借した。

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